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はじめて 前編

日中の茹だるような暑さは鳴りを潜め、窓からは涼しい風が入り込んでくる。穏やかな秋の気配にそっと目を閉じた。長すぎて早く終わって欲しいと思っていた夏もいざ終わりが近づいてくると少し寂しいから不思議なものだ。特に今年の夏は色々あったからかもしれない。
一年近く片想いしていた米屋に告白して、想いが通じた初夏。それからは毎日学校に行くのが楽しみで、米屋の言動に一喜一憂していた。初めてのデートも、初めてのキスも全部この夏の思い出だ。


「もうすぐ衣替えだね」
「そーだっけ? まだ暑ぃし学ラン着たくねえな」


毎日見ていた制服のシャツも、もうすぐ見納めなのかと思うとちょっと残念。米屋には内緒だけど、薄いシャツだから分かる体の線や、ボタンを開けた時にチラッと見える鎖骨が好きだった。あと、ぎゅって抱き着く時は夏服の方が近い感じがするから好き。
学ランは学ランでかっこいいし、好きなところも沢山発見できるのかな。そう思うと少し衣替えが楽しみになってきて、我ながら単純だと思う。
来年は受験もあるから今年ほどは夏を満喫できないだろう。夏休みには友達と色々なところに遊びに行ったし、やり残したことはほとんどない。ひとつだけ気がかりな事と言えば――米屋とのこと。別に季節は関係ないし、ただ単純に気になっているだけなんだけど……。普通、付き合ってからどのくらい経てばそういうことをするんだろうか。
友達と話したりもしたし、雑誌に載っているのを読んだりもした。でも、意見なんてみんな違うし答えがない。だからこそ気になるのかな。正直、米屋は手が早いのかと思っていた。キスもすぐだったし、一ヶ月くらい経ったらそういう雰囲気になるのかなって漠然と考えていたけど、何も進展がないまま気が付けばもう夏が終わろうとしている。


「お、アタッカーの順位変動してんじゃん」


シチュエーションに問題があるわけじゃない。今だって、米屋の部屋に二人きり。米屋の部屋に来るのはこれが二回目だけど、前回はテスト勉強で出水くんも一緒だったからそういう雰囲気にはならなかった。だから誘われた時にはもしかして、なんて。学校帰りに彼の部屋に遊びに来て、両親は仕事で不在ともなれば淡い期待の一つや二つしてもおかしくないでしょう? 
でも、現実は期待通りになんていかないと現在進行形で思い知っているところだ。米屋はボーダーの端末で楽しそうに何かをチェックしているし、私は手持ち無沙汰で用もないのにスマホを弄っている。惰性で検索画面を開き、初体験、空白、いつと打ち込んだところで我に返ってスマホの画面を閉じた。
これじゃあただの欲求不満じゃないか。知識だけで経験なんて一切ないくせに、いっぱしに求める気持ちはあるらしい。でも、女の子だってそういうことに興味はあるし、好きな人に触れられたいって思う。もちろん恥ずかしいし少し怖いけれど、好きだから。もっと近づきたいし仲良くなりたいって思うのは変じゃないよね。――なのに、なんで伝わらないかなあ。


「よーすけー」
「んー?」


同じようにベッドにもたれている米屋の方へと体を倒し、肩に頭を預ける。骨ばっていて決して心地いいとは言えないけれど、意識を向けてもらおうとしばらくそのままでいた。
でも、伝わっていないのか、それともあえて無視しているのか。体勢以外は何も変わらないまま数分が経過してしまい、痺れを切らした私はついに立ち上がった。


「おっ」


一歩斜め横にずれて、米屋の足の間へ強引に体を割り込ませて座りなおす。そっと背中を預ければ、温もりとともに微かな震えが伝わってきた。
苦肉の策とはいえ、実際にやってみるとめちゃくちゃ恥ずかしい。こっちは必死なのに笑われているのもまた羞恥を助長して、目の前にあった膝をぺちりと叩く。


「笑わないでよ」
「なに? 構ってちゃん?」
「だって、つまんない」
「そーかそーか」


ぐりぐりと頭を撫でられるけど、今は全然嬉しくなかった。だって、これじゃあペットを愛でているのと変わらない。
望んだものを与えられないからといって拗ねるのは間違ってる。そう分かってはいるけれど、ここまでしても手を出されないと私の魅力が足りないと言われているようで、少し落ち込んだ。


「ペット扱いやめてってば」
「そーゆーつもりじゃねえけど」
「でも、そう思うんだもん」


ちょっとした反抗心から語尾が荒くなってしまったが、それに米屋が気づかないはずもなく、前を向いたままの私の肩を引くと強制的に視線を合わせられる。


「じゃあ、何扱いしてほしいんだよ」


抑揚のない落ち着いた声。一瞬怒らせたのかと思ったけど、たぶん違う。揶揄っているわけでもないだろう。感情のない表情は読みづらくて、瞳だけが何かを訴えるように揺らめいていた。
初めて見る米屋の表情に気圧されながらも、「か、彼女……」とずっと胸の中にあった言葉を声にのせれば、ゆっくりと口元が弧を描いていき、距離を縮められる。


「こーゆーコト?」


ちゅっ、とリップ音を奏でて離れていった唇。それを合図とするかのように米屋を纏う空気が変わった気がした。
再び近づいてくる米屋を受け入れるために目蓋を閉じれば、今度はしっかりと唇が重なる。柔らかくしっとりとした感触は気持ちよくて、くっつけて離れてを繰り返す度にちゅ、ちゅと微かに音が鳴るのが恥ずかしい。米屋がわざと鳴らしていると分かっているから尚更に。
こんなにもキスをするのは初めてかもしれない。なんて考えていると、不意に唇をぺろりと舐められて驚きから息が漏れた。わずかな隙間からするりと侵入してきたのは米屋の舌で、くちゅりと絡められる初めての感覚に手に触れていたシャツをきゅっと握る。


「ふ、ぅ……」


くるしいけど、求められてると思うと嬉しくて。口内を動く米屋の舌に自分のものを絡めていく。うまく呼吸ができないからか自然と呼吸が荒くなるが、私からキスをやめたくない。
しばらく夢中になって交わしたキスは、ちゅるりと下唇を吸われたことで終わりを告げた。離れてしまった唇を視線で追えば、私の知らない顔をした米屋が映る。よーすけ、とちいさく名前を呼べば返事の代わりに強く抱きしめられた。


「あー、これ以上はやばい」


はあ、と熱をもったため息が耳元に落とされた時、――覚悟を決めた。


「いいよ」
「ん?」
「……シても、いいよ」


恥ずかしくて顔を合わせることができず、こつんと米屋の胸元へ額をつける。流れる沈黙が余計に羞恥を助長させて、紛らわすように自分から口を開いた。


「私、はじめてだから……めんどくさいかもしれないけど」
「え……いや、ンなこと思わねぇよ。ってか、オレも同じだし」
「え?」
「葵以外と付き合ったことねーもん」


確かに、過去に彼女がいたという話は聞いたことがない。それでも、なんとなく米屋は経験済みなんじゃないかって勝手に思ってた。じゃあもしかして、キスとかデートとかも全部初めてだったってこと? 私と、同じだった?
いきなりの情報にぐるぐると考えていれば、肩に置かれた手に体を離されて強制的に視線を合わせられる。


「いーの?」
「……うん」

ちゅ、と軽く交わしたキスが合図だった。


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