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役立たずなストッパー


「迅くん、久しぶり」
「葵ちゃん」
「今日はよろしくね」
「……ああ」


本部に呼び出されたついでにラウンジへ顔を出せば、弾むような声が背後から掛けられた。声で誰なのかを導き出すのは容易で、いつものように笑みを浮かべながら振り向く。が、目が合った瞬間に視えた未来に危うく顔を顰めるところだった。


「今日19時に現地集合だよ。覚えてる?」
「大丈夫だって」
「今日のメンバーで集まるのって久々だよね。凄い楽しみ」
「葵ちゃん、あのさ」


これだけはっきり視えたという事は、今夜起こる出来事だろう。
おれと嵐山、柿崎、生駒っち、そして目の前の葵ちゃん。視えているメンバーからして間違いない。同い年だけでの飲み会は全員が成人を迎えてからもう何度目かだ。それでも、今までこんな未来が視えた事は無かった。
視界から脳内に直接飛び込んでくるような映像も、それがいくつにも分かれて先へと繋がっている視覚情報にはもう慣れている。街を歩いていれば中々にエグい未来が視える時もあるし、友人のプライベートに関しては視えても見ないふりをする。災難が降りかかるようなら口を出すこともあるが、基本的には目を逸らしていた。
だけど、これはどうしたものか。


「今日の飲み会、行かない方がいいんじゃない?」
「え、何で? 何か視えた?」
「あー……まぁ」
「もしかして、急性アルコール中毒になって病院行きとか?」
「いや、それはないけど」


視えた出来事を口に出すのは何となく憚られて言い淀んでいれば、不思議そうに首を傾げられる。
葵ちゃんが飲み会に行くか行かないか、そこが分岐だ。今引き止める事が出来れば視えている未来からは回避出来る。けど、飲み会に行けばほぼ確定するだろう。飲みの場で回避する未来が無いわけでもないが、かなり低い可能性だった。


「えー……楽しみにしてたんだけど、そんなに止めておいた方がいい感じ?」
「いや、そう言われると……」
「じゃあ、注意することとかあったら教えて?」
「うーん。飲みすぎないように、かな」
「高宮りょーかい!」
「ほんと頼むよ?」


止めたかったのは山々だけど、葵ちゃんがこの飲み会を前々から楽しみにしてたっていうのを嵐山から聞いて知っていただけに強くも言えず、この分岐で回避することは叶わなかった。という事は、その場で何とかするしかないって事だな。


「嵐山も居るし大丈夫だよ」


そんなおれの思いなんて知る由もなく、けらけらと笑い声を上げながら遠ざかっていく背中を見てがくりと肩を落とす。
嵐山と葵ちゃん。この二人が揃う事が一番問題なんだよ。そう心の中で呟いてみたところで彼女には届くはずもなかった。



◇ ◇ ◇



「カンパーイ!」


時刻は19時過ぎ。あれから何度も飲み会に行くのをやめようかと考えたが、おれが居なければあの未来は確実に現実のものとなる。そうすれば後日各々から苦情が入るのは間違いないだろう。一時の事か、後々になってネチネチと言われ続けるか。天秤にかけてみれば、かなり揺れながらも前者の方に傾いた。


「嵐山は遅れて来るって」
「広報の仕事やっけ?」
「そうそう。先方の都合で今日しか無かったみたい」


とりあえず、嵐山と葵ちゃんが揃わなければ大丈夫だから、暫くは普通に過ごしても問題なさそうだ。個室という事もあって早速盛り上がる会話を聞きながらビールを流し込み、適当につまんで口にいれる。
このメンバーの共通点と言えば、全員同い年でボーダー隊員だという事くらいだ。だからか話題に上がるのは殆どがボーダー関連の事だけど、その中でも盛り上げるのは隊員のプライベートの話だった。特に葵ちゃんは女子特有の情報網があるのか、どこの隊の誰に彼女が出来た、とか誰と誰がこの前合コンに行ってただとか話題には事欠かず、生駒っちがそれに乗り、おれと柿崎はたまに口を挟む程度でほぼ聞き役だった。


「ってか、自分らってホンマに付き合うとるん?」
「私と嵐山? 付き合ってるけど」
「二人とも距離が普通だよな」
「だって、本部の中でベタベタしてたら嫌じゃない?」
「うわ、それは勘弁」
「でしょ? それに嵐山は顔も知られてるからさ。外でも気をつけてるよ」


その内にこの場に居ない嵐山へ会話のスポットが当たって、自然と葵ちゃんが話題の中心となった。生駒っちが言うように、嵐山と葵ちゃんは結構長く付き合っている割にそれを感じさせないところがある。嵐山は他の女の子と一線を引いているところがあるからまだ分かり易いが、葵ちゃんは嵐山とおれ達に対する態度がまるで同じだ。一定の距離を保っているし、呼び方だって嵐山だもんな。
二人が付き合っていることなんて、結構長くボーダーに居るやつしか知らないんじゃないか?


「じゃあ二人で出かけたりしないのか?」
「それだよザキくん。まずね、嵐山が忙しすぎて夜しか予定が合わないの」
「大学と広報と任務があるもんね」


おれの補足になぜかじとりとした視線が飛んでくる。でも、嵐山隊が他の隊よりも忙しいのは周知の事実だ。四ヶ月に一回の新入隊員のナントカもやってるし、嵐山だけで言えば混成部隊での夜の防衛任務もある。大学と任務に関しては葵ちゃんも一緒だから、本人の言う通りお互いの予定を合わせるのは大変なんだろう。


「夜にお互いの予定が合う事はあるんだけど、夜に二人で歩いてたら根付さんに何言われるか」
「それは……大変だな」
「でしょう? だからこういう飲み会だと堂々と外で一緒に居られるし、ちょっと嬉しいんだよね」
「めっちゃ健気やん……。高宮ちゃん! 今日は飲もうや」


広報部隊の嵐山隊。しかも隊長と付き合うとなるとメディア対策室による監視の目も厳しいだろうな。なんて考えていたら、生駒っちが手元の機械でドリンクの追加オーダーをしているのが見えて慌てて止ようとした。が、一足遅かった。「迅も追加するん?」と差し出された機械には注文完了の表示が出ていて、着実にあの未来の軌道に乗っていることに気付いて苦笑が漏れる。


「葵ちゃん、飲みすぎないようにね」
「大丈夫大丈夫、分かってるよ」


――って言ってたの誰だっけ?目の前で突っ伏して寝ている姿に、腹の底から深いため息が漏れた。
何度も忠告はしたけれど、酒も入って上がりに上がった生駒っちのテンションと葵ちゃんの飲むペースが落ちることはなく、会話の内容も相俟って(殆どが根付さんに対しての愚痴のようなものだったが)盛り上がりを増していった。相槌に徹しながら逐一葵ちゃんの顔色を伺って、酔いが回る前にストップをかけようと思っていたのに、どうやら彼女は顔に出ないタイプだったらしい。「何か眠くなってきちゃった〜」とへらへら笑いながら突っ伏して、今に至る。
このまま寝ていてくれればあの未来は回避出来るんじゃないかとも思ったが、残念ながら未だに消える事はない。いや、むしろハッキリと視えるようになっていた。


「悪い、遅くなった」
「嵐山、お疲れ」
「お疲れさん」
「おつかれー」


葵ちゃんが寝てから30分程経った頃だろうか。みんなそこそこに酔いが回って、腹も程よく満たされた頃に漸く姿を見せた嵐山。
申し訳なさそうな表情が、寝ている葵ちゃんを目にして一瞬真顔になる。確かに、いくら気心の知れた仲だからといって、男しか居ない中で彼女がこんな無防備な姿を晒しているとちょっと思うところあるよな。分かる分かる。
氷で薄まったハイボールに口を付けながら嵐山の次の行動を見ていると、流石というべきか、すぐにいつも通り人の良さそうな笑みを浮かべて首を傾げてみせた。


「……寝てるのか?」
「悪い。飲ませすぎた」
「生駒っちがね」
「いやいやいや、俺?」
「そうでしょ」
「いや、ちゃうで!ちょ、とりあえず嵐山ここ座り」


焦っているのかお尻でずるずると移動しながら葵ちゃんの隣を明け渡している姿に声を上げて笑う。何だかんだで結構飲んだし、おれも酔っているのかもしれない。
だからだろうか。分かっていたのに、視えていたのに。完全にタイミングを逃してしまった。


「あれぇ、准だ」
「葵、起きたか? 今着いたんだ」
「えー、どーしたの?」


いや、酔っていた事だけが原因じゃない。完全に虚をつかれた所為でもあるだろう。
身じろぎしたかと思えば、緩慢な動作で起き上がった葵ちゃんはおれ達の方には目もくれず、嵐山に向けてふにゃっとした笑顔を向けた。見た事のない、完全に気を許してる相手に向けるそれ。眠いのか酔っているのか、とろりとした視線を嵐山に向けながら、酔っ払い特有の舌足らずで間延びした口調に、驚きのあまり茶化しの言葉も出てこない。
柿崎も生駒っちもおれと同じなんだろう。ぽかんと口を開けたまま驚いたように二人を見ていた。二人きりの時は名前で呼んでるんだ、とか普段と全然違うじゃんとか言いたい事はあるにはあるけど、声を掛けれる雰囲気じゃない。声を掛けないといけないのに、葵ちゃんを止めないとあの未来が現実のものになってしまうのに、動けなかった。


「えへへ、准がいる〜」


自然に距離を縮め、嵐山の腕を抱き締めるように引っ張りながら、あろうことか座っている嵐山の上に乗る葵ちゃん。こちらには完全に背中を向けているのでどんな表情をしているのか分からないが、細い両腕はしっかりと嵐山に回されていた。


「葵、皆居るから……っ」


そして、あの時視えた未来が現実になる。
視えた時はただの視覚情報だったから、何してんの勘弁してよくらいに思っていたけれど、実際にこうして声まで付いてくるとただの傍観者になる事しか出来なかった。
友人達のキスシーンなんて出来れば見たくないのに、だ。


「……なんか、すまないな」
「い、いや、飲ませたの俺たちだし、な!」
「そ、そやな! 嵐山、今日は飲もうや!」


再び寝てしまったのか、嵐山にぐたりと凭れかかったままの葵ちゃん。今見た光景が信じられないとばかりに動揺する柿崎と、さっき葵ちゃんに言っていた事と全く同じ事を言う生駒っち。
嵐山は困ったように眉を下げているけれど、葵ちゃんの背中に回された手がゆっくりと撫でるように動いているから満更でもないんだろう。
おれはと言えば、二人の更にその先の未来が視えてしまって、気を逸らすように持っていた酒を一気に喉に流し込んだ。
何が視えたかって? もうお腹いっぱい、ごちそーさま。って事だよ。

write by 神無
企画サイト nighty-night様へ提出


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