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月が綺麗だよ


「月が綺麗だよ」


唐突に呟いたオレの言葉に彼女は素直に夜空を見上げ、本当だと嬉しそうにほほ笑んだ。その無垢な瞳は真っ直ぐ月を映し、キラキラと輝いてさえみえる。
まぁ、これは予想通りの反応だけど。
高宮がオレの台詞の裏を読むなんてことはしないだろうと思っていた。まして、都市伝説の一つともいわれるこの表現を知っているとも思えない。
それでも伝えたかったのは、もしかしたらの可能性に賭けたというよりは想いを口に出す練習をしたに過ぎなかった。


「満月かな!」
「どうだろうね。少し欠けてるようにも見えるけど」
「え〜? 丸じゃない?」


見上げて首を傾げた高宮につい頬が緩む。
どうしても満月かどうか気になってしまったのか、スマホを取り出しササっと調べて満月が昨日だったと知ると、彼女はとても残念そうに肩を落とした。年よりも幼く見える動作は彼女の特徴の一つだ。


「残念だったね。来月こそは満月を見ようか」
「そっか! そうだよね! 晴れる様に祈っとく!」


来月の月もキレイかな〜なん気持ちを弾ませている高宮に、来月もう一度言ってみようか。月が綺麗だねと。
きっと彼女は今日と同じ反応ではいられない。オレの言葉に裏の意味がある事を、彼女はもうすぐ知ることになるのだから。
そんなオレの内心など知る由もない高宮は隣で楽しみだねと声を弾ませていた。




「その課題私もやったよ! 面白かったよね〜」
「全クラスやってるんだね!」
「偉人は言うことがシャレてるよね〜」


そんな会話がチラホラ聞こえてくるようになったのは高宮と月を見ながら帰ってすぐの事だった。
オレのクラスが一番乗りで出た課題もそろそろ全クラスに出終わったらしい。佐鳥も隊室で騒いでいたし、恋愛がらみのネタは女子ウケがいいのか至る所で話題になってる。


「最近やたらと夏目漱石の名を聞くんですが、高校でなにかあるんですか?」


先ほど偶然出くわして立ち話をしていた三雲くんと遊真はこの話題をよく耳にする様だが詳細は知らないらしい。玉狛ではこの課題が出たのは烏丸だけだし、彼は面白がって話題に出すタイプではないから知らなくても仕方がない。一番面白がりそうなのは迅さんだが、嵐山さんが知らなかったということは迅さんも知らないのだろう。


「特別なにかあるわけじゃないよ。高一みんなに出た課題なんだけどね」


昔々、夏目漱石という偉人がI LOVE YOUを愛していると訳した教え子に「日本人はそんなこと言わない。月が綺麗ですねとでも訳しておけ」と言ったという逸話があり、その日本人特有の奥ゆかしい訳を気に入った先生が生徒たちに「好きと愛している以外の言葉を使って自分なりにI LOVE YOUを訳しなさい」って課題を出したのだ。
この逸話自体は記録があるわけでもなく、本当に夏目漱石がそんなことを言ったとは証明できていないから多くの先生は話題に出すことはないだろうが、オレたちの先生はこの話をとても気に入っていると公言している。


「きっと君たちも来年やるよ」
「ふむ。これは中々に難題ですな」
「そうだったんですね……。時枝先輩はなんて回答したんですか?」


恋愛事への興味が無いようにみえる遊真は難題と言いながらも考えている素振りはない。逆に恋愛事に関しては奥手そうにみえる三雲くんは自分なりの表現でも考えたのか少し耳が赤くなっていた。


「残念だけど、オレには男に愛を囁く趣味はないよ。それとも囁いてほしかったかな?」
「い、いえ!!! そういうわけでは……っ」
「冗談だよ。噂話なんて一月もすれば納まるだろうし、来年課題が出た時にでも思い出して」


それまでに活用して告白するのもありだけどと付け加えれば、三雲くんは想像通り「そんな相手はいないです」と真っ赤な顔して慌ててくれる。そんな三雲くんを弄っている遊真はまるで他人事のようだ。まぁ、色々事情はあるんだろうけどプライベートにまで立ち入る気はないからほどほどに会話を済ませ、二人に別れを告げる。

関係のないあの二人の耳にまで入るほど噂されているのだ。課題が終わったからといってもきっと印象には残っている。次の満月までまだ日にちがあるが、さすがの高宮も忘れることはないだろう。
もっとも、満月を一緒に見ようと言ったことを忘れる可能性はあるから前日にメールを入れてかなくてはいけないかな。明日が満月だねって。そうすれば思い出して意気揚々とオレを誘いに来るだろうから。



「失礼しまーーす!! トッキー帰ろー!」


満月の夜、オレの予想を裏切らない声が嵐山隊の隊室に響く。本日やらなくてはいけないことは全て終わらせた後とはいえ、まだ全員が揃っている所に突撃できる物怖じしない度胸はアタッカーとしては評価できる能力だ。周りへの配慮が少し欠けるのが今後の課題かな。
それでも彼女の愛嬌が不快感を与えないのだからさすがだなと思う反面、彼女を攻略しようとするライバルが増えるのではと思うと少しは控えてもらいたいけど。


「なになにお二人さん? 放課後デートならぬお仕事後デート? 羨ましいぞ〜コノコノ〜」


ニヤニヤと肘で俺をつつくお決まりの行動にそんなんじゃないよと返したのは高宮だ。
確かに仲が良いだけで付き合っている訳ではないし、デートと言えるほどのお出かけではないから否定されても仕方がないのだが、彼女から欠片も恋愛要素が感じられないのは毎度のことながら胸が痛む。
でも、それも今日までにしよう。


「デートじゃないけど今日は満月だから! 一緒に見るんだ〜」
「そういうわけなので。お先に失礼します。」


ポカンと口を開いたままの佐鳥に気付かないふりをしてそのまま部屋を出た。かすかに「それってデートよりあれなのでは」なんて声が聞こえたのはオレだけだろう。足取り軽く外へと急ぐ彼女は、あんな噂があった後でも一緒に月を見る意味を深読みしない。
扉が開いた瞬間、室内とは違う冷たい風がオレ達を冷やす。この程度では彼女のテンションは治まらないようで、逆に寒いーと叫びながら楽しそうに笑った。


「隣を歩いてもいいですか?」
「フハ、なんで敬語でそんなこと聞くの? どーぞどーぞ」


いつでもウェルカムですなんていいながらオレが隣に立つのを楽し気に見つめる彼女に照れや恥じらいはない。
この無邪気な顔を染めることができたらなんて考えているオレの横で、何も知らない高宮はキラキラとした瞳を空へと向けた。


「わーーー! おっきい! さすが満月!」


雲一つない夜空にくっきりと浮かび上がる月は先月よりも大きく見える。スーパームーンといったかな。
見れてよかったとはしゃぎながら歩く彼女が躓かないように気を付けながら俺も同じように月を見つめる。


「月が綺麗だね」
「本当に! あ、そういえばあの課題って全クラスだったんだよね? 夏目漱石の」
「そうみたいだね」


そこまでわかっていて全く深読みしない彼女に内心苦笑いが零れる。もう少し察して欲しいが、高宮がそんな性格じゃないことは重々承知しているので問題ない。ただの共通の話題として取り上げた話題を終わらせないように続ければ、何も気づいていない彼女は当然のように会話を続けた。


「あーゆー楽しい問題ばっかなら授業もやる気出るんだけどな〜」
「意外。高宮は苦手なのかと思ってた」
「あはは! 確かにセンスないけどね! でもみんなとワイワイやれるから楽しいじゃん?」


どうやら自分の言葉、というよりは友達同士で意見を出し合って楽しみながら解答したらしい。どうせなら高宮なりのI LOVE YOUを聞いてみたかったけれど、彼女も佐鳥や嵐山さんと一緒でストレートに表現するようが性に合っているタイプだろう。
こんなに回りくどいことをしてるオレとは違って。


「トッキーはなんて書いたの?」


三雲くんからも聞かれた質問。どうやら高宮もそれなりに興味は持ってくれていたようだ。
自分の思惑通りに事が運んでいるとはいえ、少しだけ逸る鼓動が妙に大きく聞こえる。きっと菊地原がいたら気付かれてしまうだろうなんて考えてしまうのは緊張を紛らわしたいから。


「隣を歩いてもいいですか」


夜空に響いた自分の声がどこか遠くに聞こえる。
動きを止めてしまった彼女は俺の回答の意味を理解しきれていないのだろう。「え?」っと小さく疑問符を漏らしたままの彼女に、もう一度。きちんと伝わるように、一つ一つ丁寧に音を紡ぐ。


「隣を歩いてもいいですか?が、オレのI LOVE YOUだよ」
「え? あれ? でもさっき……」


さすがの高宮もついさっきの会話は頭にあるようで、みるみる開かれていく目が口に出していないのに「まさか」と語っている。それでも驚きの中に気まずさを感じられないのなら、現段階で彼女に異性としての感情がないことは理解していたけれど、この先の感情には期待してもいいのかもしれない。


「うん。だから……高宮の隣、歩いてもいい?」


オレがそう言うと、彼女はオレが想像していた以上に真っ赤に顔を染めあげたのだから。

write by 朋


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