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月が綺麗だな

スッキリと晴れた夜空はいつもよりも明るくて、帰宅途中の俺の視線を空へと引き付ける。ちりばめられた星屑が夜空にいくつもの星座を描いている中で、どの光にも負けずに輝いている月が己を見てくれと呼び掛けてくるようだ。


「月が綺麗だな」


隣を歩いている高宮もきっと同じように感じてくれるだろう。そう思って言ってみたのだが、彼女の視線は空では無く俺へと向けられた。その眼はいつもよりも大きめに開かれ、ほんのりと頬が染まってみえる。


「どうかしたのか?」


本部を出る時は元気そうに見えたがもしかしたら体調が悪かったのだろうか。帰り際に偶然会ったから一緒に帰る事になったが、気を使わせて無理をさせていたのかもしれない。
いつもと様子の違う高宮の顔色を伺うように覗き込むと、彼女は慌てて首を振り、なんでもないと笑った。その困ったような笑顔に戸惑っている間に彼女の視線は月へと向けられる。そして本当になんでもなかったことにするかのように「本当だ。満月ですかね」と話をそらされてしまった。
俺には言えないこと、なのだろうか。
しつこく理由を聞くのは違う気がして俺も何事もなかったかのように話を続けたが、結局最後まで彼女の反応の意味は分からないままだった。そのせいだろうか。困ったような笑顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。




「I LOVE YOUは愛してるだろーー!!」


昨夜のことがあってスッキリとしないまま隊室を訪れるとすぐに賢の叫び声が響き渡る。側で読書をしている充は動じることなく俺にお疲れ様と挨拶をしてくれるから、きっとこの発狂は先程から繰り返されている事なのだろう。木虎がいたら煩いですと一喝されているところだ。
まだ姿の無い木虎と綾辻は遅くなると昨日言っていたなと思い返しながら充に挨拶をし、賢が投げ出している机の資料へと目を通せば懐かしい歴史上の人物の名前が目に入った。


「夏目漱石か、懐かしいな」
「えぇ。オレも丁度課題がでてたのでコレを読ませてもらってました」


充が読んでいた本は夏目漱石の代表作と言われる作品で、背表紙にしっかり図書館の貸し出し番号がついていた。課題をやる為の資料なのか、そもそも読むこと自体が課題なのだろう。
昔読んだ本に懐かしさを覚えながらも、本の中に英文など出てきただろうかと首をひねる。


「賢はなにを叫んでるんだ?」


これだけ広げた資料とは全く関係のない英語のプリントでもやっているのだろうかと覗き込めば、賢が弱々しい声で俺の名を呼んだ。


「嵐山さ〜〜〜ん! 嵐山さんならどーしますか?」
「なにをだ?」
「コレですよコレ!」


そう言いながら賢が指を刺したプリントにはしっかりと夏目漱石の文字があり、ちゃんと日本語でびっしりと埋まっている。その中で一つだけ、賢の指先にある問題にだけ確かに I LOVE YOU の文字が記されていた。


「夏目漱石のように自分なりの表現でI LOVE YOUを訳してみなさい?」


この問いだけでは質問の意図がわからず他の手掛かりを探ろうとプリント全体に目を通そうと、俺が探すよりも早く充が補足をしてくれた。
どうやらI LOVE YOUを愛してると直訳した教え子に、夏目漱石が「日本人はそんなこと言わない。月が綺麗ですねとでも訳しておけ」と言ったという逸話があるのだという。これは根拠がない都市伝説のようなものらしいが、どうやらこのプリントの作成者はその日本人らしい奥ゆかしい表現を気に入っているらしい。


「オレのクラスも先週ありましたよ。嵐山さんの時はなかったんですか?」
「いや、なかったな。こんな表現をしたってこと自体知らなかった」


俺が卒業してから就任した先生のようだし、俺の時は根拠のない逸話だから授業としてやらなかったのだろう。
充はこの表現を面白いと思っているようだが、賢にしたら昔の奥ゆかしさはまどろっこしいようで、ひたすら頭を抱えて喚いていたという訳だ。どうやらストレートに好きや愛してるを使って回答するのは極力避けるように言われているらしい。
先週のうちに既に終わらせている充は賢がどんな答えを出すのか気になるのか、アドバイスをするつもりは無いようだ。


「まいったな。俺もこういったことはあまり得意ではないな」
「確かに。嵐山さんは堂々と好きだと言いそうですね」
「ですよね〜月が綺麗だとか言われてもホントだ〜としか思わないっしょ!」


告白だなんて気づくはずないと暴れる賢の言い分も一理ある。俺も気付かないだろうな、とまで考えて思考が止まった。この流れに身に覚えがありすぎる。


「嵐山さん? どうかしましたか?」
「いや……賢、この課題は今日出たものなのか?」
「おれは任務で休みだったんで今日受け取りましたけど、おれのクラスは昨日出てたらしいっす」


お陰で自分だけ考える時間が短いと拗ねる賢をなだめながらも、思考は一気に昨日へと遡る。
俺は昨日、彼女になんて言った? 彼女はどんな反応を示した?
思い返せば返すほど、あれほど理解できなかった彼女の反応にもしかしたらなんて仮定が浮かび上がる。

高宮は賢と同じクラスだったはずだ。ならば昨日任務では無かった彼女は、昨日のうちにこの課題が出ていたはず。普段なら何気ない会話で終わっただろうけど、こんな課題が出た当日に「月が綺麗だ」なんて言われたら誰だって戸惑うだろう。
思い返した彼女の反応に、トクンと鼓動が警告をならす。あの戸惑いは、俺にとって都合の良い解釈をしてもいいものだったのではないだろうかと。


「木虎か綾辻先輩が来たらきいてみたら? 女性はこの手の話題好きだと思うよ」
「確かにクラスの女子も楽しかったとか言ってたけど〜。でも木虎はないっしょ」
「な・に・が、私はないんですか、佐鳥先輩?」
「お疲れ様でーす」


内心困惑している俺を置き去りに、木虎と綾辻が揃って入室したことで一気ににぎやかになった隊室に苦笑いが漏れる。ここで悩んでいても仕方がない。


「揃ったならミーティングを始めたいんだが、いいか?」


ワイワイはしゃいでいても一言で直ぐに切り替えてくれるのだからありがたい。
俺にできることは、今日やるべき事を終わらせてから高宮本人に会って確かめることだけ。ならば効率よく終わらせようと高宮の事は一旦頭の隅に追いやり、いつも通りの慌ただしい日常へと戻った、つもりだった。だが、どうやら俺が早めに終わらせたいと思っていることが伝わってしまったのか、いつもよりも迅速に仕事を片付けてくれた優秀な仲間に感謝した。



「高宮お疲れ」
「あ、嵐山さん…お疲れ様です。これからランク戦ですか?」


予定よりも早く片付いたためランク戦をやっているだろう高宮を探せば、丁度休憩だったのか思いのほかすぐに見つけることが出来た。軽く挨拶を交わしただけなのに、いつもよりもぎこちない気がするのは俺だけだろうか。視線を彷徨わせた後、手持っていた飲み物へと視線を落としゆっくりと口に運ぶ高宮から伝わるこれは緊張なのか、拒絶なのか。


「高宮が帰る所なら一緒に帰らないかと誘いに来たんだが、いいだろうか」
「え?あ、はい。大丈夫です」


昨日の様に偶然ではなく、わざわざ誘って一緒に帰るなど初めてのことだ。
だが、偶然だろうと誰かれかまわず誘うなんてことはしない。高宮だから誘ったのだと、彼女は気付いていないだろうな。
昨日と違い、戸惑った様子で準備する高宮の頬がほんのりと赤く染まってみえるのは自惚れでないといいのだが。

今日の空も快晴だったから、きっと星も月も良く見えるだろう。
今度は高宮の瞳に映る月を見ながら言ったらどんな反応をするだろうか。やっぱり困った様に笑うのだろうか。
その時は夏目漱石の言葉をかりるのではなく、きちんと俺の言葉でI LOVE YOUを伝えよう。

「高宮……月が綺麗だな」


write by 朋


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