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09

「はあ? 意味わかんない」
「……ですよね」


月曜日。授業の前に友達へと事の顛末を相談してみれば、盛大な溜め息が落とされた。自分でも思っていた事だけれど、やっぱり人に言われると心に響く。


「相手が可哀想だよ。振るにしたってちゃんと言葉にしなきゃ」
「え、振る? 私が振った事になるの?」
「なるでしょ、そりゃ」
「そんな……」


私が、嵐山さんを……振った? 有り得ない事実を突きつけられて、今更ながらに自分のしでかした事の大きさを自覚する。
けれど起こってしまった事はもうどうしようもなくて、机の上にべしゃっと項垂れた。


「なんで好きって言えないのか知らないけどさ」
「……うん」
「このまま無くしたくないなら、ちゃんと言葉にしたほうがいいよ」
「うん」


あの時、何も言えなかったのは好きだと言われた事に驚いたのもあるけれど、きっと私にはまだ覚悟が出来ていなかったのかもしれない。嵐山准の彼女になるという覚悟が。
そんな意気地無しの心のせいで、彼の事を傷つけた。果たして、彼の事を傷つけてまでしなければいけない覚悟とは何なのだろうか。彼がボーダーだから? 広報だから? そんな肩書きに捕らわれて彼自身を遠ざけるなんて、ダメでしょ。嵐山さんは私に向き合ってくれたんだから、私もそれに応えないと。


「ちゃんと、言うよ」


私も言いたい。嵐山さんが好きです、って。次に会った時に伝えたい。
そう心に決めてから一夜明け、朝がやってきた。
いつもの道をチョコと歩いている間、この間の事が原因で嵐山さんが来てくれなかったらどうしようだとか色々と不安が顔を出したけれど、その度に打ち消していく。来てくれなかったら連絡をして、私から会いに行けばいいし、どうしても時間が合わなければ電話で伝える事だって出来る。


「あっ……」


ぐるぐると考えながら公園に足を踏み入れれば、遠目からでもはっきりと彼の姿を捉えることが出来た。
良かった、来てくれてた。ほっと安堵の息を吐きながらも、ついに伝える時が来たのだと思うと急激に緊張感が湧き上がってくる。でも、彼と距離を縮めていくと少し様子が違う気がして首を傾げた。


「……寝てる?」


そーっと近付いて、音を立てないようにゆっくりとフェンスの扉を開ける。するとそこにはフェンスに凭れて目を瞑っている嵐山さんがいた。コロちゃんも傍に寄り添うように身を伏せている。
やっぱり、寝てる……よね? 珍しい。こんなところで無防備に寝てしまうなんて、余程疲れているんだろうか。そう思った瞬間、彼の言葉が頭を過ぎった。
――たとえ深夜の任務明けでも散歩に行っていたのは、高宮さんに会うためなんだ。
彼が嘘をつくとは思っていないけれど、この姿が何よりの証拠な気がして、心臓がぎゅっと掴まれたように痛みを覚える。


「嵐山さん」


小さく声を掛けても、何も反応はない。寝入っている姿でさえもカッコイイと感じるのは、きっと惚れた欲目だけではないだろう。伏せられた目蓋に長い睫毛。それらが動かないのを確認してから、彼の前にしゃがみ込んだ。


「私も、嵐山さんの事が大好き」


まるで独り言のようにぽつりと零した言葉。寝ている間に告げるなんて卑怯だろうか。でも、きっと寝ていたからこそ素直に言葉に出来た気もする。だって今、心臓壊れそうだもん。どくんどくんと壊れそうなくらい脈打っていて、体温がぐわっと一度くらい上がったような感覚だ。
今でこれなんだから、起きている嵐山さんの前でなんて無理かもしれない。いや、言うって決めたんだから、無理でも何でも言わないといけないんだけど。
確かめるように頬に当てた手からは熱いくらいの体温が伝わってきて、冷えた指先が気持ちいいと思うほど。これはきっと赤くなってしまっているだろう。こんな顔をしていたら嵐山さんに不審に思われてしまう。彼が起きる前になんとかしないと。そう思って、ぱたぱたと手で顔をあおいでいた時だった。


「……本当か?」
「え?」


ありえない声がすぐ傍で聞こえて、壊れたブリキの人形のようにぎぎぎ、と音が鳴りそうなぎこちなさで顔を向ける。すると、先程閉じていた目蓋はぱっちりと開いていて、私へと向けられている双眸にぶつかった。
嵐山さんの透き通る瞳の色を認識した瞬間、弾けるように地面を蹴る。チョコもいるし、逃げられるとは思っていない。逃げたいわけでもない。ただ恥ずかしくて、どうすればいいか分からずにパニックになり、衝動的に体が動いた。


「待ってくれ」


かしゃん。目の前の金網が音を立てて微かに揺れる。私が掴んだからじゃなくて、私の顔の横に大きな手が勢いよく置かれたせいだ。


「……驚かせたのなら、ごめん」
「起きて、たの?」
「ああ」
「いつから?」
「高宮さんが入ってきたときから」


じゃあ、最初から寝たフリだったって事? そんなの、ずるい。でも、私だって嵐山さんが寝ている間に告白してしまったのだから、責める謂れなんてない。
目の前には無機質な金網。後ろには嵐山さん。その間に挟まれてしまい、逃げ道はどこにもなかった。でも、嵐山さんの顔が見えない今のこの状況なら……素直に気持ちを伝えられるかもしれない。


「嵐山さん、私……」
「こっち、向いてくれないか?」
「あの、」
「頼む」


そんな私の逃げ腰な気持ちはすぐに退路を断たれてしまい、身を縮こませる。嵐山さんの方へ振り向くには足を少し動かすだけ。簡単な動作の筈なのに、足が地面に張り付いてしまったように動かない。
お互いがお互いの出方を待つように口を開かず、無言の時間が流れた。息を殺しながら背後の気配を気にしていると一秒がとても長く感じられて、もう何分も経ってしまったような感覚に陥る。
その空気を払拭したのは、やはり嵐山さんだった。
肩に置かれた手に少しだけ力が籠められ、導くように後ろへと引かれた。それだけでも充分だったのに。


「葵」


甘い響きに鼓膜を揺らされると、もう抗えなかった。引かれるままにくるりと体を反転させれば、ありえないくらい近くにいた嵐山さんと体がぶつかる。ぱっと顔を上げて嵐山さんの顔を見た瞬間、あれだけ言い淀んでいたのが嘘のようにつるりと言葉が舌を滑っていった。

「好き」

嵐山さんの真剣味を帯びた瞳が驚いたようにくるりと見開かれ、直後に柔らかく弧を描く。嬉しそうに破顔する嵐山さんを見て、私の心臓がきゅぅっと音を立てた。
――言えた。私、言えたんだよね。実感が羞恥と一緒に湧き上がってきて、叫び出したい衝動にかられる。もちろんそんな事はしないけど、それくらい嬉しかった。


「ありがとう」
「っ、うん……逃げて、ごめんなさい」
「いいさ。こうして来てくれたんだから」


近かった距離を更に縮められて、彼のシャツが頬に触れたと思ったらふわっと包み込むみたいに抱きしめられていた。私よりも体温が高いのか、触れている場所から嵐山さんの温もりが伝わってくる。心臓は相変わらず壊れそうなくらいうるさく鳴っているし恥ずかしかったけど、触れる事に理由がいらない関係になれたのだと思うと嬉しくて、私も両腕をゆっくりと嵐山さんの背中へ回した。
すると、抱き締められる力が強くなり、隙間なんて少しもないくらいに密着する。


「好きだ」


何も飾る事のない、真っすぐな言葉。私もだよって答えたいのに、胸の奥からぶわっと熱いものが込み上げてきたせいで声帯が機能しない。喉と鼻を通り抜けたそれは視界さえもぼやけさせて、気を抜いたら塊となって零れ落ちそうだった。
ズ、と情けない音を立てて鼻を鳴らすと、腕の力が緩められて私達の間に少しだけ空間が生まれる。こんな情けない顔を見られたくないから、もう少し抱きしめていてほしかった。そんな願いを声も出せない私に言えるはずもなく、少し覗きこまれれば呆気なく顔を晒す事になってしまう。
私の顔を見て一瞬目を瞠った彼だけど、ふっと優しく笑うとまるで涙を拭うような仕草で目元を擦られる。まだ泣いてないよ。そう言おうとしたのに、嵐山さんの端正な顔が近づいてきたせいで音となって口から出る事はなかった。

柔らかな唇はほんの数秒くっついただけですぐに離されてしまったけど、温もりと感触は余韻として残っている。恥ずかしさから嵐山さんの顔を見る事が出来なくて、逞しい胸にこつんと額をつければ「葵?」と不思議そうな声音で呼ばれた名前。


「恥ずかしい……けど、幸せだなって」
「ははっ、そうか」
「あと、名前。嬉しいなって」
「やっと敬語が抜けたからな」


うん、知ってるよ。一緒に出掛けた時に言われた言葉、すごく驚いたから覚えてる。染みついたものをやめるのは難しかったけど、一度だけ呼ばれたあの特別な響きが忘れられなくて出掛けている間中ずっと意識して直すようにしていたんだ。
いつ呼んでくれるんだろうって実は少し期待していたんだけど、あの日は逃げるように帰ってしまったからそれどころじゃなくなって。でもまさかあのタイミングで呼ばれるなんて思ってもみなかった。


「我儘を言うと、嵐山さんって呼び方も変えてほしいな」
「えっ……でも、なんて呼べばいいの?」
「なんでもいいぞ?」
「うー……ちょっと考えさせてもらってもいい?」
「じゃあ、次に会うときに呼んでくれ」
「ええ!? 期限が短くない?」
「ははっ、宿題だな」


完全に手綱を握られてしまっている。でも、ちょうどいいのかもしれない。優柔不断でのんびりとした私には引っ張っていってくれる人の方がきっと合っている。優しく、時には今みたいに少し強引に。あれだけ不安に思っていたのが嘘のように彼との未来を次々に想像してしまっている自分に笑ってしまった。

二人肩を並べて楽しそうに駆け回る二匹の犬を見つめる。今までと違うのは、二人の間で繋がれた手とその距離。もう彼の事を何も知らない私じゃない。まだまだ知らない事は沢山あるけれど、これから一つずつ知っていけたらいいと思う。何を知ってもきっと、彼の事を大好きな気持ちだけはずっと変わらないから。


fin.


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