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情炎、沈下せず 前編

へらへらとゆる〜く生きているように見える勇が、実は面倒見のいいやつだということは知っている。
あのボーダーで狙撃手としてトップを張っていると言っていたし、後輩だってたくさんいるのだろう。最近は猫を連れた面白い奴をかまっているとも聞いていた。ちびっ子なのにエネルギーだったかがすごいのもいると、少しわくわくしながら話してくれていた。学校とは違いボーダーは楽しいのだろうなと、その時はのほほんと聞いていたけれど、いざ目の前にその光景が広がると心穏やかではいられなかった。


「あー! リーゼント先輩サボりっすか?」
「あの、こんにちは」
「お前ら相変わらず仲良いな〜」


中学生と思われる女の子たちに声を掛けられて楽しそうに雑談を交わす勇は、ボーダーの狙撃練習の話をしているからか先程まで彼氏として私の隣にいた時とはまるで違う。私にはわからない単語を交わし合うその空間は別世界で、近づく事さえできない。誰も何も悪いことをしていないのに湧き上がる不安とも怒りとも取れない感情が嫌で、さして興味もない近くにあった店へと視線を移した。

あの子たちがこの間話していた面白い子たちかな。女の子だったんだ。あ〜あ、デート中だったのにな。早く終わらないかな。
そんな身勝手な嫉妬が浅ましい。中学生相手になんて心が狭いんだろうか。ボーダーの話なんて分からないと拗ねているが、ボーダーに入ろうとすらした事のない私に「疎外感が嫌だ」なんて嫉妬する権利なんてない。そんなことは分かっているし、男女関係なく仲が良い勇を理解したいとも思っている。
それでも勝手に湧き上がってくる感情はコントロールできないのだから厄介なものだ。


「はぁ……。今日はダメダメだな」
「な〜にがダメダメって?」
「っ勇!? あれ? さっきの子たちは」


一人で悶々としている間に話は終わっていたのか、急にかけられた声に必要以上に肩が跳ねた。ドッドッと大きく脈打つ鼓動を抑えるように胸に手を当て、悟られないようにゆっくりと息を吐きだす。大した話じゃなかったしなと彼女たちが立ち去った方へ視線を向ける勇につられるように視線を送ると、可愛らしい雑貨屋に入って行く二人がみえた。
私はあまり入らないような女の子らしいお店だな、なんて。また皮肉めいた感想が頭をよぎる。


「っで、葵のなにがダメだって?」
「え、いや。……ちょっと疲れたかなって。せっかくのデートなのにごめん」


このまま予定通りぷらぷらと買い物デートをする気にもなれないし、今日はもう帰らないかと提案してみよう。ボーダーの任務で忙しいとは言っても何故か勇は他のボーダー隊員より時間に余裕があるのか、デートだって久しぶりでもないし、学校でも会えている。
変に思われないかが懸念事項だが致し方ないと意を決して口を開こうとした瞬間、私より先に勇が口を開いた。


「そんじゃー俺んち来るか?」


この時間なら誰もいねーし、なんてサラリと二人きり宣言をかましながら行くぞと歩き出した勇を慌てて追いかける。これは完全に帰るタイミングを失ったやつだ。せっかく二人きりになれるというのに、いまだモヤモヤと渦巻く感情のおかげで素直に喜べない自分が嫌になる。


「相変わらず散らかってるね」
「ベッドは空いてっからさ。ほら」


座るようにと促され、仕方なくベッドへと腰を下ろす。というか、ベッドくらいしか座れる場所がないのだが。気もまぎれるし掃除でもしてあげようかと考えたけど、当たり前のように隣に座った勇が前触れとか雰囲気とか関係なくがばっと抱き着いてきたのでそれどころではなくなってしまった。


「ちょ、まって。急すぎ」
「そりゃーお前。はなっから期待してんだから待てねぇだろーよ」
「いや待とうよ。私、今日はちょっと……そんな気分じゃないんだけど」


好きな人から求められるのは素直に嬉しいしドキドキもするけれど、胸の辺りでつっかえている感情が邪魔をする。私を抱きしめる勇の手はいつも通り優しいのに、なぜか必要以上に身構えて身体が固まってしまった。
そういえば今までその手の誘いを断った事はなかったな。勇は見た目に反して性欲が強い方ではないようだし、お姉さんがいる影響なのか女に幻想を抱いてもいない。だから断るほどガツガツくることはなかったからだ。


「しゃーない。今日はやめときますか」


そう言ってボフッと音が出そうな勢いでベッドに倒れ込んだ勇は、そのまま私に背を向けた。
それが酷く怖かった。
勇が怒るなんてことが無かったから今まで故意的にこの背中を向けられた事はない。いつだって勇が先に私を見つけてくれるし、たまに一緒に寝る時だって私の方を向いていることが多かったのに。背を向けられている、というだけで、なぜだか勇が凄く遠くに感じた。


「い、さみ……? ごめん、怒った?」
「はぁ? こんなんで怒んねーっての」
「じゃぁ……なんでそっぽ向いてるの?」


未だこちらを見ない勇に不安ばかりが募る。返事が適当過ぎだと怒ったこともあったけど、それでも今までいかに勇がこちらを見てくれていたか痛感させられた。何でもないから心配するなと後ろ手を振る勇がこちらを向いてくれる気配はない。勇の声は優しいはずなのに不安は押し寄せるばかりで、たまらず勇の広い背中へと手を伸ばす。


「ねぇ、勇? ごめん、ね?」
「あ〜悪いんだけど……。無理強いするつもりはねーんだけどよ。無駄にやる気を出しちまったムスコがいやがるからちょっ〜とばかし落ち着かせたくってだな」


だからしばらく放置しといてくれと乾いた笑いを漏らす勇の言葉が脳内を一周し、私の顔を染めた。お世辞にも態度が良かったわけでもないのに……。「なんで」と疑問が口から漏れ出していた様で、背を向けたままの勇から「自分の部屋に好きな女がいるってだけで男は盛れるもんなんだよ」なんて恥ずかしそうに投げやりな声が返ってくる。
それだけでグルグルと渦巻いていた嫌な気持ちはどこへやら。途端に締め付けられるような愛おしさがあふれ、勇と同じ様にベッドへと寝転がり、その熱い背中へと寄り添った。


「あのな〜葵さんよ〜、俺の話聞いてたか? そんなこらえ性ねーぞ、俺は」


勘弁してくれとため息をつく勇の鼓動が速い。釣られる様に加速する自分の鼓動が勇の鼓動と重なっていく。些細な醜い嫉妬で勝手に大切な時間を無駄にしていた自分が恥ずかしい。勇はこんなにも私を想ってくれているというのに。


「やっぱり、抱いてほしいな」
「はぁ!?」


心底驚いた顔で振り向いた勇と目が合う。普段ここまで驚いた表情をしないから新鮮だな、なんてのんきな感想が頭をよぎったけれど、その理由を冷静に考えてしまったらそれどころではない。湧き上がる感情に任せて今自分がとんでもなく恥ずかしいことを口走ったのだと理解し、顔が火を噴いたように熱くなる。


「あのっ、やっぱなんでもない!」


今まで自分からお誘いしたこともないのにないを言っているのだろうか。今度は私が勢いよく勇に背を向ける。だけど、それだけで逃れるなんてできるはずもなかった。


「いまのは無しにはできね〜よな」


そう言って後ろから包み込むように私を抱きしめた勇が、私の首元に顔を埋めてチュッと音を立てて吸い付く。それだけでピリリと電気が走ったように体が震えてしまうのだから、ここにはもう、私たちを止めるものなど存在しなかった。


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*注* 次の話は性描写を含みますので、注意喚起としてパスワード入力になります。

write by 朋


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