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鈴を転がすように響かせて

風が吹き抜けるせいで砂ぼこりが舞うグラウンドを延々と走る男子を木陰から見つめる。男子はマラソンなんだな〜大変だ〜、なんて他人事のようなエールを送っているが、女子も近々走る事になるのだろう。
グラウンドをただグルグル走るだけなんてなんの楽しみもない行為は苦痛でしかないからか、ほとんどの男子が嫌々やってますって顔をしている。
そんな中を時折言い合いをしながらもやる気満々な顔で走る二人が目立つのは至極当然で、ソフトボールのチーム戦の出番待ちをしている女子たちの視線を集めていた。


「やっぱあの二人早いよねー、さすがボーダー」
「まぁ米屋から体育を取ったら何も残らないしね」
「アハハ! 間違いない!」
「やっぱ今日も賭けしてんのかな。よく飽きないね〜」


やっぱ男ってガキだよね〜と二人を小バカにしているあなたたちはいったい何様ですか。なんて思っても口にはできない私も愚か者だ。チームメイトの会話に曖昧に相槌を打ちながらも、視線は張り切って走る二人……もとい、出水君へと注ぐ。
米屋君と出水君が体育の勝負事で張り合っているのは隣のクラスの私でも知っているくらい日常茶飯事なこと。ボーダーだからなのかお互いの性格なのか、勉強以外の勝負事に対して二人は全力で楽しんでいるように見える。それをガキだという人たちがいても、私にはカッコよくキラキラと光って見えるだけ。


「今日は米屋が勝ちそうじゃない? さすが運動バカ」
「勝率は米屋の方がいいよねー。でも出水の方がなんかよくない?」
「わかるー! 普通にイイよね。だいたい何でもそこそこできるし」
「そうそう! あのボーダー隊員なのに親しみやすいしねー」
「米屋もいいんだけどね〜……あいつたまに怖くない? 何考えてるかつかめなくて」
「それな」


好き勝手に繰り広げられる品定めのようなトークに愛想笑いまでもが引きつりそうになる。
普通にイイってなんだろうか。私は本気で出水君のことをいいなと思っているけれど、みんなの言うソレには恋愛感情が含まれているのだろうか。よくある女子トークというやつかもしれないけれど、自分の好きな人が噂されるとなればヤキモキしてしまう。
だけど、盛り上がっている皆に「私は本気で好きなんです!」とはとてもじゃないけど恥ずかしくて言えない。何の取り柄もない私なんかがって思うから。

出水君と私とでは隣のクラスというだけで接点も何もない。私が一方的に知っていて、勝手に好きになってしまっただけ。同じクラスになった事もないし、話した事もない私なんて出水君には認識すらされていないだろうな。特別可愛いわけでもお洒落でもないし、皆の前で表彰されるような秀でた才もない。それなのに自分から声を掛けることもできない臆病者なのだから。
せめて少しでも長く出水君を見ていたいと願っても、今は授業中。すぐに私たちのチームの番が回ってきて、たいして誰も本気でやっていない試合をキャッキャとやらされる。とくに私のチームは汗をかきたくない人たちが多い様で、ほどなくして特大ホームランを打たれてコールド負けとなった。


「流石ソフト部。めっちゃ飛ぶな〜」
「高宮さん頑張れー」


よりにもよってなぜ私の頭上を飛んでいったのか。どこまでも転がっていくボールを拾いに駆けだしたのは私だけで、試合が終了したチームメートたちはさっさと木陰へと戻っていく。ボールもこれ一個だけというわけでもないので誰も私を待つことなく、次の試合が行われるようだ。


「まぁいいけどね」


急がなくてもいいなら走らなくていいかと歩みを緩め、上がった息を整える。損な役回りかと思ったけれど、男子が走っているグラウンドに近づけたし良しとしよう、なんて思ったが甘かった。すでに走り終えてしまったのか、ぐるりと見渡してみてもグラウンドを走る男子の中に出水君の姿は見当たらなかった。
やっぱり貧乏くじか。
視線をグラウンドから足元へと落としながら深いため息をついた。誰かがため息をつくと幸せも逃げると言っていたけれど致し方がない。一瞬でも期待してしまった自分を恨みながら目標物を捕捉しようとして顔を上げた瞬間、私の中のすべての時が止まった、気がした。


「あいつソフト部だっけ? すげー飛んできたな」


私が拾うはずだったボール片手に、爽やかな笑顔で近づいてくる出水君はマラソンを終えたばかりだからか額に汗がにじんでいる。体操服の裾で汗を拭いたのか、お腹当たりの布が少し湿っているようだ。
盗み見をしたいと思ってはいたけれど、真正面から会うなんて想定もしていなくてまともに顔が見られない私をよそに、出水君はこれが初会話なんて素振りをみせることなく話しかけてくる。


「はいこれ、お疲れー」
「あ、、、ありがとう、ございます」


コミュ力高い系男子の出水君とは違い、しどろもどろで何故か敬語になってしまった私を気にすることなく出水君はボールを私の手のひらに置いた。ただボールを拾ってもらっただけで、まるで出水君からプレゼントを受け取ったような錯覚を起こせる私の脳は幸せだと思う。


「マラソンお疲れさま。それじゃあ……」
「あっ、ちょっと待って!」


敬語にならない様にぎこちない言葉を交わしただけで許容範囲を越えそうだったのですぐにでも退散しようと思ったのに、まさかの出水君から待ったがかかる。待ってと言われてしまえば引き返そうとした足は動けるわけもなく、何か考え込んでいる出水君の次の言葉を待つしかない。ちょっと待ってと出水君が悩んでいる間中、うまく呼吸ができなくて苦しいのはなにを言われるか不安だったから。でも、出水君が口にしたのは全然予想だにしていないことだった。


「あのさ、もしかして帰りの放送の声の人??」
「え?あ、はい」
「マジか!!」


よっしゃ! とガッツポーズまでつけて喜ぶ出水君についていけず、思考は置いていかれたまま停止する。
だいたい帰りの放送なんて遅くまで部活をやっている人くらいしか聞かないはずなのになぜ出水君が知っているのだろうか。そもそも、あの放送をちゃんと聞いている人がいたということ自体が驚きだ。


「前にあの放送聞いた時、めっちゃいい声だな〜って思ったんだよね」


誰の声か気になっていたから謎が解けて良かったと喜ぶ出水君にどう反応を返していいのか分からない。夢か幻覚ではないのかと疑いたくなるほど私に都合が良すぎる展開だけど、確かに手の中のボールの感触は本物だ。


「あ、ごめん。知らんヤツにそんなこと言われてもキモいよな」
「ぜ、全然! 嬉しかったよ!」
「そっか、よかった焦ったわー。あ、おれ出水ね。出水公平」


知ってます。もうずっと片想いしています。なんてこと、臆病な私が声に出して言えるわけもない。


「高宮葵です。よろしく、です」
「宜しくついでに一個お願していい??」
「な、なんでしょか」
「ちょっとおれの名前呼んでみて」


出水君との会話は驚く事しか起きないのだろうか。わくわくと何故か期待に満ちた目で見つめられ、なんでと理由を聞く隙を与えてもらえない。
ただ名前を呼ぶだけ。いつも心の中で呼んでいた名前。出水君。ただそういえばいいだけなのに期待されているせいなのか妙に緊張感が増していく。


「いずみくん」


まるで初めての放送をした時のように声が震えていた。それでも出水君は満足したのかうんうんと頷きながらありがとうとお礼の言葉を口にした。


「耳心地がいいっての? 高宮さんの声好きだわ〜」


マジ感謝! なんて大げさなリアクションに自惚れそうになってしまう。ただ声を褒められただけ。それだけなのに、身体が震えるほど嬉しい。
放送部をやってきて聞きやすいとか上手いねと言われた事ならあったけれど、声が好きだと言われたのは初めてだ。しかも、それを他ならぬ出水君に言われるなんて夢にも思わなかったのに。一体これはなんのご褒美ですか??


「あ、悪い。早く戻らねーとな」


遠くから出水君を呼ぶ男子の声が響いてきて授業中だったと現実を思い出させられても、未だ夢見心地の頭はふわふわと揺れているようで現実味がない。


「あ、出水君。ボールありがとう」
「おう。高宮さんまたいい声聞かせてねー」


そう言って来た時と同じように爽やかな笑顔で去っていく出水君を見つめながら、私はしばらく余韻から抜け出せずにいた。


「声が好き、だって」


でもね、出水君。出水君の声の方がずっとずっと良い声だよ。
だって、私をこんなにもドキドキさせるんだから。

write by 朋


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