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だれもしらない 前編

これは一体どういう状況なのだろうか。
ペタリと肌につく服。冷えた身体を抱き締めるようにしながら呆然と佇んだ。防音故の静かな部屋の中で視線だけをあちらこちらへ忙しく彷徨わせるも、視界から入ってくる情報が多すぎて頭はパンク寸前である。


「こっちに乾燥機あったぞ」


ただでさえ緊張から呼吸が浅くなっていたのに、脱衣所から出てきた准の姿を見てヒュッと息が止まった。濡れた髪の毛をタオルで拭いながらこちらに歩いてくるその姿の上半身には何も纏っていなくて、普段見ることのない素肌が露わになっている。
もちろんトリオン体ではなく生身だ。これがトリオン体だったのならまだ大丈夫だったのかもしれない。いや、トリオン体でどうしたらこんな状況になるのだという話なのだけれど。
だめだ。混乱して思考が上手く纏まらない。そもそも嵐山准は誰の前であろうと気軽に脱いだりしない。特に女子の前なら尚更だ。そういう気遣いにおいては優れているはずの男が今この姿を晒しているのは、つまり私が例外なのだろう。彼女である私の前では躊躇しないという男らしさも兼ね備えているらしい。

落ち着くためにも一度状況を整理しよう。
准と私は珍しく非番が重なり、大学も午前中の講義だけだった。そうなれば久しぶりにどこかへ行こうという話の流れになるのは必然で、隣町まで足を運んでいたのだ。
准が隊長を務める嵐山隊はボーダーの広報もしており、三門市においてはそこらのアイドル以上の知名度と人気を誇っている。だから、彼女と迂闊に出歩けばSNSで広まりかねない。その辺りは根付さんにも気をつけるように言われているし、私も准も余計な火種は生み出したくないので不用意な行動は控えていた。
だから今日も、いつでも気付けるように端末を携帯して、有事の際にはすぐに駆け付けられるように隣町に来たわけだ。
久しぶりに准と過ごす時間はあっという間に過ぎていき、晩ご飯も食べてそろそろ帰ろうかと店を出て少し経った頃だった。いきなりのゲリラ豪雨に見舞われてあっという間に濡れ鼠。どこかで雨宿りをしようにも、慣れた場所じゃないので中々見つからない。


「ここでもいいか?」
「ここって……」
「抵抗があるなら別の場所を探そう」


准が足を止めたのは雨で遮られる視界の中でもきらきらとネオンが眩しく光る建物の前。入った事がなくても、ここがそういう類のホテルなのだと一目で分かる。
抵抗はある。が、これから他の場所を探すとなると大変だろう。これだけ濡れてしまってはタクシーや電車などを利用するのも些か気が引ける。私でもそう思うのだから、准は尚更だろう。私が居なければ絶対にこのまま歩いて帰る事を選ぶような人だから。
せめて雨が止むまで。服が乾かせるならベストだ。そう思えば、これ以上最適な場所はない。だから戸惑いつつも首を縦に降った。
ベタか。ベタすぎる。ベタな状況すぎて逆についていけない。


「葵、どうした?」


風邪ひくぞ。なんて、この状況を気にもしていないような、いつもと全く同じ声音。ちょっとは焦るとかないんだろうか。いや、違うか。准の場合こういう不測の事態だからこそ、男がリードするべきだとか考えていそうだな。


「ああ、うん。何か着るものあった?」
「バスローブなら」
「じゃあそれ着ようかな。乾燥機回しちゃってもいい?」
「ジーンズは入れないほうがいいよな?」
「そうだね。やめた方がいいかも」
「分かった。俺のはもう入れてあるから」


広い脱衣所で、肌に張り付く服を一枚一枚脱ぎ落としていく。こういうホテルで脱いでいると思うだけで無駄に緊張して、上手く手が動かない。
漸く下着姿になり、手で確認してみるが、伝わってきてくるのはやはりというかしっとりと湿った感触だった。これは脱いだ方がいいだろう。小さく溜息をもらしながら、一気に下着を脱ぐと慌ててバスローブを羽織る。別に見られている訳でもないのに、過剰に意識してしまっている事に気付いて思わず笑ってしまった。
脱いだ服を既に入っていた准の服と一緒に入れて、乾燥機のスタートボタンを押すと、そうっと浴室のドアを開く。緊張しているのも確かだけど、好奇心もあるのだ。ちなみに洗面台に置いてあったアメニティは脱いでいる最中に視覚情報で確認済みである。


「うわ、広い」


自宅の何倍も広い浴室に目を見張ったが、それ以上に驚いたのが既にお湯が溜まり始めている事だった。さっき沸かしておいてくれたらしい。さすが嵐山准、ぬかりない。
あとでバスルームもチェックしようと決めたところで脱衣所を後にすると、立ったまま壁に凭れている准が目に入った。


「どうしたの? 座ったら?」
「うーん。座ると濡らしてしまいそうだしな……」
「ああ」


上半身は脱いでいるが、ジーンズは履いたままだ。色が変わっているところを見るとかなり濡れてしまっているんだろう。しかし、じゃあ脱げば? とは言えない。付き合って長いとはいえ、そこまで明け透けな関係ではないのだ。
相槌以外に何も言えず、沈黙が流れる。普段なら沈黙なんて何とも思わないが、場所が場所なので少し気まずくて、何かないかと視線を彷徨わせれば小さな備え付けの冷蔵庫が視界に留まった。


「これ、飲んでもいいんだよね?」
「ああ。いいと思うぞ」


早速開けてみると、水のペットボトルが二本だけ入っていた。所謂ウェルカムドリンクというやつだろうか? 少し喉も乾いていたし、ありがたく頂戴しようと手に持つと、スっと横から伸びてきた手に持っていかれてしまう。
准も飲みたいのかな、と思ったのも束の間。かしゅっと蓋を開けた後に戻された。スムーズな動作に頭を抱えたくなったのは言うまでもないだろう。本当、私には勿体ないくらいの出来た彼氏だ。


「ありがとう」


それにしても、たまたまこの場所に来たとはいえ……どうするんだろう。ラブホテルの本来の利用目的は言わずもがなだ。実際のところ、准と二人きりで会ったのも久しぶりだし、そういうことに関しては随分とご無沙汰である。
服が乾くのを待って帰るのか、それとも……。
ぐるぐると回る思考を紛らわすようにゴクリと水を飲めば、その冷たさに少し頭が冷える。私は何を考えているんだろう。欲求不満か。心の中で自分自身に突っ込んだところで、ふと准へと視線を向ければ、ばちりと視線が交差した。
ずっと、見られていたんだろうか。澄んだ瞳は逸らされる事なく私を映し出していて、思わず息を飲む。視線に捉われてしまったかのように身動きが取れない私へ距離を詰めると、空いていた手をするりと攫われて。直接触れた体温に、先ほどの緊張が一気にぶり返した。


「冷たいな」
「うん……ちょっと、寒いかも」


准の事だ。こう言えば、暖房の温度あげるか? と返してくれると思っていた。なのに、手に持っていたペットボトルを取られて横の棚へと置かれた事に首を傾げていれば、腕を引かれてふわりと温もりに包まれた。


「嫌だったら言ってくれ」


熱いと感じるくらいの准の体温が素肌を通して私へと伝わってくる。その熱さはじわじわと私の体温も上げていくようで、さっきまでの肌寒さが嘘のように無くなっていった。
久しぶりの准の体温も、腕の力強さも嫌なわけがない。むしろずっとこうしていてほしいし、もっと触れてほしい。けど、気遣いの塊のような准は毎回口に出して確認してくれるから、私もちゃんと自分の言葉で伝えるんだ。嫌じゃないよ、嬉しいよって。
お互いの気持ちを確認して顔を見合わせると、二人して少し笑う。首の後ろが痒くなるような面映さは、きっと准も同じだろう。

准が身を屈ませると同時にゆっくりと目蓋を閉じれば、温かくしっとりとした准の唇が優しく触れる。柔らかな感触がくっ付いたり離れたり、時折食むような仕草を繰り返して、お互いの唇の温度が同じになった頃、するりと舌が滑り込んできた。
躊躇いがちに私も舌を伸ばしてちょん、と触れれば、器用にちゅるりと絡まり擦られる。舌先が上顎を擽るようになぞると背中のあたりがぞくぞくとして、准へ回していた手に力が籠った。

こういう行為に及ぶ時は、大体が一人暮らしの私の部屋でだった。准の家はいつも家族の誰かが居たし、する為だけにこういう場所に来る事もしなかったから。そもそもあまり求めてきたりしないし、欲なんてあるの? と普段の嵐山准を見ていると度々思う時がある。私の家へ上がる時でさえ毎回躊躇するし、真面目と誠実を絵に描いたような男だ。
そんな准が、女を抱いている姿なんて想像出来るだろうか。
ちゅ、と微かな音を奏でながら唇が離れていくのを感じて目蓋を持ち上げれば、薄目で私の唇を捉えながら口から赤い舌を覗かせる准が視界に映る。爽やかで、かっこよくて、皆の嵐山准。こんな風に色気を滲ませる姿なんて、きっと私以外誰も知らない。


「あの、お風呂は……」
「入りたいか?」


このまま進んでしまいそうな雰囲気に待ったをかける。身体はすっかり温まっているけれど、雨に降られてしまったし、出来れば身体を洗い流したかった。でも、私に問いかけてきた准の表情で分かってしまった。准はこのまま進めてしまいたいのだろうと。
ここで私がお風呂に入りたいと答えれば、自分の欲求は押し殺して私の意見を通してくれるはず。それも分かってる。どちらを選択するかは私次第だったけど、逡巡したのは一呼吸の間だけだった。
雨に濡れたし、恥ずかしいし、ちょっと抵抗はあるけれど。准がそうしたいのなら、それでいい。


「ううん、後でいい」
「……そうか」


私の返答が意外だったのか、驚いたようにぱちりぱちりと瞬きを繰り返す仕草が何だか可愛くて、爪先に力を入れて背伸びをすると、柔らかな頬めがけてちゅ、と軽くキスをした。するとすかさず同じように頬にキスが返される。右の頬から左の頬へ。おでこにも瞼にも。じゃれるようなキスに笑いを溢せば唇にも降ってきて、ちゅ、ちゅっと啄ばまれた。
そんな可愛いキスとは裏腹に、背中にあった大きな手が腰へと移動して結んであった紐をしゅるりと解く。たよりなく肩に掛かるだけになったバスローブをするりと落としてしまえば、あっというまに一糸纏わぬ姿になってしまった。


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*注* 次の話は性描写を含みますので、注意喚起としてパスワード入力になります。

write by 神無


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