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これは正しい教え方ですか?

「あーテンション下がるわー」


クラスメイト達が居なくなってしまった教室で陽介くんが椅子からのけぞるようにして項垂れる。目の前の机には今日中に提出! と大きく赤字で書かれたフセン付きのプリントが一枚、白紙の状態で置かれていた。
これは今日の午前中の授業で返却された小テストの結果が悪かった人だけに与えられた課題だ。陽介くんがこの手の課題を網羅していくのはクラス中が知っているくらいだから今回もそうだろうと思っていたけれどタイミングが悪い。
このところ陽介くんの防衛任務がない時に私のバイトが入っていたり、私のバイトの休みの日に限って陽介くんは防衛任務やらボーダーの急用とやらで時間がなかったりと、恋人同士の時間を過ごす暇がなかった。今日はやっとお互いのスケジュールがあった貴重な日だったというのに…。


「ほら、わからない箇所はアドバイスするから頑張ろ?」


放課後ダッシュで遊びに行こうと話していただけに落胆も大きいのだろう。私は居残りとはいえこうやって二人きりでいられるのだからまぁいいかと思っているのだけれど。この私の反応も陽介くんのお気に召さなかった様で、無表情の瞳が責めるように私を見つめる。


「なーんか、オレばっか楽しみにしてたみたいじゃん?」
「そんなことないよ! 私だって陽介くんとのデート楽しみにしてたよ! だから早く終わらせよ?」
「そんじゃーなんかやる気の出ることしてくんね?」


さっきまで無表情だった瞳がきらりと輝き、うっすらと上げられた口角が今までわざと拗ねたように見せていたのだと物語っている。これはハメられたというやつだ。私へのお題を何にしようかと考えているその顔には不満も苛立ちも含まれていなかった。


「陽介くんのイジワル! 嫌い!」
「俺は好きだけどな〜葵のそうやって素直に信じちゃう可愛いとこ」
「っっも〜〜! ズルいよ!」


満足気に笑う陽介くんを恨みがましく睨むけれど、そう怒んなって、と頭を撫でられてしまえば反撃できるわけがない。せめてもの抵抗にと口を尖らせてむくれてみても陽介くんの笑顔は変わらず、むしろ余計に口元が緩んでいるように見える。


「んじゃ、一問解いたらキス一回な」
「えっ!? キス!?」


尖らせた私の唇をふにっと指先でつつきながらさらりと述べられた提案にふくれっ面なんてものは一瞬で影を潜め、瞬く間に顔が熱くなっていく。少し触られただけだというのにいつまでの陽介くんの感触が残る唇がキスを求めている様で恥ずかしい。


「だ、ダメだよ! こんなところで!」
「別に誰もいねーしよくね?」
「ダーメ! 絶対ダメ!!」
「んじゃ、ココならどうよ」


そう言って自分の頬を指さす陽介くんはここにキスしろと言いたいのだろう。唇だろうが頬だろうがキスはキスであって、こんな教室でするような事じゃない。そのはずなのに、最初に唇でのキスを想像していたせいなのか頬くらいなら良いかと思えてしまうのだから不思議だ。
頬ならと承諾すると、少し前の憂鬱そうな顔はどこへやら。嬉々としてプリントに取り組むのだから現金なものだ。キス一つでそんなに喜ばれるなら嬉しいとか思っちゃう私も現金だけど。
普段まじまじと見ることのない陽介くんの後頭部を眺めながら今度カチューシャでもプレゼントしようかとか考えだした矢先、プリントと向き合ったはずの陽介くんの視線がすぐさま上げられた。


「ハイ、葵先生」
「え、なに急に?」
「初っ端からわかりません」


問題文を読んだだけだろうプリントは白紙のまま。やべーって思っていそうな顔をしているから冗談ではないのだろう。何よりご褒美があるだけでスラスラ解けるのなら毎回居残りプリントなんて配られたりしないか。
基礎問題なんだけどなと思ったことはひた隠し、なるべく丁寧に説明すればさすがの陽介くんも理解出来たようで一度で正解を導き出してくれた。


「よっしゃどうだ!」
「ハイ正解。次もその調子で頑張ろ」
「おうよ。でもその前に」


グイっと差し出された頬に驚いたが、陽介くんは一問解いたらキス一回と言っていたのだと今更ながらに理解する。それはつまり、私が自分で教えて解けたらキスするってこと。いったいどんな羞恥プレイか。


「自力で解けたら…じゃ、ないんだね」
「一問解いたらとしか言ってないし? それに葵が自分から教えてくれるっていったじゃん?」
「それはそうなんだけど……」


すべてが陽介くんの思う壺のような気がして釈然としないが約束してしまったのは事実。覚悟を決めて周りに人がいないのを確認してから差し出された頬へそっと唇を寄せると、環境のせいなのか唇に意識が集中してしまい、いつも以上にリアルに感触が伝わってくる。


「うっし! これならやる気出るわ」


陽介くんがやる気を出してくれるのはいいことだけど、こちらは自作の羞恥プレイで顔から火を吹き出しそうですよ。きっとそれすらも陽介くんの計算通りなんだろうけど。対人に関しては読みもいいし頭の回転も速いのに、どうしてこと勉強になるとダメなのだろうか。
無駄に問題数の多いプリントに先生を逆恨みしそうになりながらもなんとかすべての問題を終わらせる頃には、羞恥が何なのか分からなくなるくらいに疲れ果てていた。


「よっしゃー! 終わったー!」
「……お疲れ様」


あとはプリントを先生に提出するだけ。ぐったりと机に突っ伏しながら職員室に行っておいでと手を振ったのに、陽介くんはなぜか席を立とうとしなかった。


「陽介くん??」
「最後のまだ貰ってねーんだけど」


机に伏している私の顔を覗き込むようにして伏せられた陽介くんの顔が目の前に広がる。息がかかりそうなほどの距離で意味深に口角を上げられていた口が、ゆっくりと開かれた。


「最後はやっぱ特別なご褒美だよな」


そんな言葉と共に伸ばされた手が私の頬に添えられる間、私は瞬き一つする事が出来なかった。視界いっぱいに広がっていた陽介くんの顔が段々とぼやけていき、たまらず目を閉じるとふわりと唇に柔らかいモノが触れた。久しぶりに感じたそれは一瞬のことで、すぐに離れてしまった寂しさが唇中に広がるように余韻を残す。


「おいおい、そんな顔すんなって」
「え、どんな顔してる?」
「自覚ねーの? すっげー物足りないって顔」


親指の腹で下唇を撫でられただけでゾクリと身体が震えた。ここが教室だとか、さっきまで頬にキスするだけで恥ずかしいと思っていた事とか、誰か通るかもしれないとか。そんな考えはすでに頭にはなかった。


「コレは葵へのお礼、だな」


再び触れた唇は先程とは違い、しっかりと深く重なり合う。味わうかのように啄まれる唇は何度も何度も角度を変えながらも決して離れる事はない。机に阻まれて抱き着く事が出来ないのがもどかしいと思ってしまうほど、ここがどこかも忘れて陽介くんのキスを求めた。自然と伸ばされた舌が交じり合い淫らな音を響かせるから、身体の中が熱くなっていくのがわかった。


「やっぱ今日のデートはお家デートな」


さすがにこれ以上はここではできないからと耳元で囁いた陽介くんが勢いよく立ち上がり、プリント片手に足早に教室を出て行く。陽介くんの声と先程までの余韻が全身に広がる私はきっと誰が見ても赤く欲情した顔をしているのだろう。


「……これはズルいご褒美だ」


ぐちゃぐちゃの頭で思うのは、ただ、陽介くんが早く帰ってきます様にということだけだった。

write by 朋


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