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ほろ酔いユーフォリア

しっとりと汗をかくほどポカポカとした体にフワフワと揺れる視界。
先程までみんなでお酒を飲み交わしていたはずなのに、いつのまにやら彼氏である蒼也さんの部屋にいる。不思議だ。なんだかよく分からないけどとても気分がいいままベッドへと腰かける。
だが、気分が良いのはどうやら私だけのようだ。


「葵、あれはどういうつもりだ」


上着をきちんとハンガーにかけてから私の目の前で仁王立ちする蒼也さんに笑顔はなかった。
これは明らかに私が何かしてしまったのだろう。が、視界と同じ様に揺れる思考ではいったい何のことを言っているのか皆目見当もつかない。首を捻ろうとすると、いつも以上に重たい頭が重力に引っ張られるように必要以上に傾いた。


「はぁ、どうやら記憶がないようだな」
「ん〜〜、わからないからそうなのかな〜? ねぇねぇ何のことぉ?」


自分が思っていた以上に間延びした声が出る。あぁ、この浮遊感は酔っぱらっているのかとやっと自覚できたが、自覚できたからと言って酔いがさめるわけでもない。
そんな私に蒼也さんは呆れたようなため息をつきながら私の脳天に軽くチョップを落とした。


「痛い……」
「これくらい当然だ。事前にあれほど飲みすぎるなと注意していたはずだが?」


実はそんなに痛くもない頭を抑えながら講義してみても、「だいたいお前はいつも……」なんてお叱りが返ってきてしまい口を閉じるしかなくなってしまう。
今更ああいう時はどうしろだの対策を言われたところで酒の席での出来事を冷静に対処できるわけもないのに。そんなことも分からないってことは目の前で説教を垂れている蒼也さんもだいぶ酔っぱらっているようだ。
そういえば蒼也さんは酔っぱらってポストに戦いを挑んでたとか諏訪さんから聞いたことがあったし、ザルというほどではないのだろう。
ふり返りながらの解説のような説教のおかげで少しずつ状況を思い出し、失われた思い出を構築していくが酔っぱらっている頭では収集しきれないようだ。
話の内容なんてどうでもよくなってきて、いつまでも止まる事のない蒼也さんの唇にだけ意識がもっていかれる。


「おい、聞いているのか?」
「も〜〜うるさいなぁ〜」


止まらないのなら物理的に止めてしまえばいい。目の前の蒼也さんの首に飛びつく様に腕を回し、また動き出そうとした唇に自分の唇を押し当てる。
突然のことだったし、蒼也さん自身も酔っぱらっていた為か私の行動を対処しきれずそのままベッドへとなだれ込む。


「おい、ふざけるな」
「ふざけてないもん。本気だもん」


再び唇を押し付け、蒼也さんの舌を絡めとる。だが、交じり合ったのは一瞬だけで、すぐに引き剥がされベッドに押し付けられてしまった。
私を見下ろす蒼也さんからは怒りは感じられないが、その鋭い視線に射抜かれてしまっては抵抗する事も許されない気がした。


「責任逃れのための行為などするつもりはないぞ」


こんな時でさえ冷静な蒼也さんに、先程まで浮かれ気味だった思考がみるみる冷めていくようだ。
いつもなら素直に謝罪をして、そうならない為にはどうしたら良いか議論するのが私と蒼也さんの付き合い方だが、どうやらいつもどおりが出来ない程にアルコールに負けてしまったようだ。


「そんなんじゃない、です」


じわじわとぼやけていく視界の先で驚いたように蒼也さんの瞳が見開かれる。
泣くつもりなんてなかった。泣く要素なんてないと思っていた。しかしアルコールは自分でも自覚しきれていなかった不安をあぶりだし、情緒を不安定にしていたようだ。


「わ、わたしはただ、蒼也さんの彼女だって改めて認識できたのが嬉しくて」


普段から恋人らしい関係というより先輩後輩の関係に近いと思っていた。でもそれが蒼也さんらしいんだと決めつけて不安だと思わないようにしている自分もいた。
だから酒の席というプライベートな空間で、彼女としての話ができたのが嬉しかった。みんなから揶揄われるのも恥ずかしいけど、恋人ならではの事だと思うとくすぐったかった。いつも冷静な蒼也さんが困るのが新鮮で嬉しかった。
たまらなく愛おしいと思った。


「ただ蒼也さんが好きでいっぱい触れていたいだけだもん。……でも蒼也さんはいつも、全然そんな素振りない、です」


私ばかりが好きみたい、なんて。そんなこと普段から思っていたわけじゃない。ちゃんと大事にされている自覚もあったし、この関係が不満だと思ったこともないはずなのに。アルコールのせいでグチャグチャの感情が訳の分からない言葉をしゃべらせる。
一度口から出てしまった言葉は取り消す事は出来なくて、しっかりと聞き取ってしまった蒼也さんの顔が困ったようにしかめられた。


「お前がそんなことを想っていたなんてな。気が付かなくてすまなかった」


酔っ払いが駄々をこねていると思ってくれたらよかったのに。こんな状態の私の言葉でさえもきちんと受け止めてくれる蒼也さんは、表情や行動に出にくいだけでやっぱり私を大事に思ってくれているのがわかる。
本当に、ちゃんとわかっているのだ。


「違うの! そうじゃないの!」
「葵?」
「そうじゃなくて、ただ私が蒼也さんのことが好きで好きでどうしようもないってだけなんです」


きっと酔っぱらっていない私も、蒼也さんに何かして欲しいわけじゃないはず。ただ、蒼也さんのことが好きですってことが伝わればいい。そんな思いが溢れる様に「好き」を繰り返す。


「もういい、わかった」


いつまでも続く好きの言葉を遮る様に口元を手で覆われると、視界から蒼也さんの顔が消えた。私の首元に顔を埋めた蒼也さんの頬が触れる肩口がいつもよりもかなり熱く感じるのは蒼也さんも酔っているせいだけなのだろうか。


「お前の気持ちはよくわかった。気持ちを表現してくれるのも嬉しい。だが今日みたいに人前ではやめてくれ」


今日みたいに人前で……というのがわからないが、どうやらこれが先程まで怒られていた原因のようだ。記憶がないからわからないが、何をしたのか想像しただけでも恥ずかしい。


「ああいう可愛らしいことは誰も居ない時だけにしてくれ」
「かわっ!? え、わたし何したの?」
「急に唇を奪いにきたし、かなり甘えていたな。いささか冷静でいるのに苦労したくらいだ」


こんな風になと言って唇に吸い付く蒼也さんに、冷めかけていた思考がくらりと熱くなる。
あんな日々顔を合わすメンバーの前でなんてことをしたんだと後悔しても後の祭り。絶対に私だけでなく蒼也さんまで揶揄われてしまうと思うと怒られて当たり前だ。それなのに酔っぱらって駄々をこねて泣くなんて何たる失態。


「っん、、蒼也さん、ごめんなさい」
「もういい。お前の気持ちも聞けたことだしな。だが次からは気を付ける様に」


私が勝手に飲んだだけにもかかわらず、私が飲む量を気にしてやれなくて悪いと謝罪する蒼也さんの優しさに、嬉しさと一緒に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。いたたまれずに両手で顔を隠したところで状況が変わるわけでもないが、何もしないではいられなかった。


「どうした? 今なら誰も居ないぞ」


微かに指の隙間から見えた蒼也さんの顔が、少し意地悪く微笑む。
あぁ、もう。どうして蒼也さんはこうなのだろう。


「も〜〜ムリ! 好きすぎてムリ! 大好き」


しがみつく様に抱き着いた私をしっかりと受け止めた蒼也さんがかすかに笑う。その笑い声の中に「俺もだ」と聞こえたのは聞き間違いではないことを確かめたいのに、しっかりと後頭部を抑えられたまま追撃の言葉を塞ぐように唇が啄まれる。深く重なり合う唇から全身へと熱い痺れが広がっていき、蒼也さんを感じる以外の思考や感覚を奪っていくように私を支配していく。


「二度とあんな顔を他の奴らに見せるんじゃないぞ」


嫉妬とも取れる蒼也さんの想いを全身で感じるように、明日から揶揄われるだろうなんてことを気にする余裕もないほどに深い夜と熱にドロドロに溶けていった。

write by 朋


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