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愛は雪のように

話があるという友人に連れられベンチに座ったのは二時間ほど前の事。その友人が立ち去ってしまってからどれだけの間、ここに一人でいるだろうか。そろそろお尻が痛いし立った方がいいのだろうが足に力が入らなかった。
賑やかだった学生たちは次第に減っていき、空が夕暮れから夜へと変わろうとしている。なんだかいろんなものが終わりにむかっているようで物悲しい気持ちになった。


「私達、別れたの」


元気のない友人が告げた台詞は信じがたいもので、冗談ではないのかと思ったほどだ。いや、冗談であってほしかった。いつも仲が良くてお互いがお互いを大事にしていて。まさに理想で憧れの恋人だった二人がどうして……。
事実を飲み込むことが出来ずに混乱している私に経緯を語ってくれた友人は、他人事を話す様に酷く落ち着いていた。

すれ違い、疑い、諦め。
互いに深くまで踏み込まず、腫物を触るようにいつも通りを演じる。
踏み込まないからこそ埋まらない溝は、気が付いたら互いの想いを遮断するものと化していた。


「どんなに好きだったとしても、いずれは冷めてしまうんだよ」


最終的には喧嘩をする事もなく、互いに心のない上辺だけの関係を終わらせたのだという。

お願いだからあなたがそんなことを言わないで。
私が憧れて見ていた二人は確かに愛し合っていたはずなのに。一緒に居ない時でも互いを心配したり、嬉しそうにお土産を選んだり。あれが作りものだとでもいうのだろうか。嘘だとでもいうのだろうか。
それなら、なにが本当の愛なのだろうか。
祈るよう組んだ両手に知らず知らずのうちに力が入り、指先の色を変えていった。



「ここにいたのか。なかなか戻ってこないから探したぞ」


周囲の音など拾わなかった耳が急に人の声を拾いあげる。
ふり返らなくてもわかる、心地よい准の声。一人でボーっとベンチに座っている私を不思議がることなく爽やかな笑顔で掛け寄り、当たり前のように隣に腰を下ろした。どうしたと聞かないのはきっと准も同じ話を聞いたからだろう。私たちはよく四人で遊んでいたから。


「……准、ゴメン。せっかくデートしようって言ってたのに……」
「別にいいさ」


大学に通いながらボーダーとしても働き、さらに広報の仕事までしている准の数少ない休暇を無駄にしているというのに重たい腰が上がらない。自分の理想がいとも簡単になくなり、まるで裏切られたとでも言うかのように心が悲鳴を上げている。
それでも准は当たり前のように急かすことなく隣にいてくれる。自分の事でもないくせに落ち込んでいる私に、無理に元気になれとも言わない。寄り添ってくれる人がいる喜びにトクンと胸が弾むが、すぐに私のこの想いまでもいつか冷めてしまうのではと不安に駆られた。

あぁ、好きという感情はなんて不安定で脆いものなのだろうか。


「准は愛ってなんだと思う?」
「どういうことだ?」
「私はね、愛って雪みたいだなって思った」


想いを表す様に好きな相手に降りそそぐ雪は粉雪だったり淡雪だったり吹雪だったり降り方も人それぞれ。
降りそそいでいる間は積もってしっかりわかるのに、止んでしまえばいずれ跡形もなく消えてなかった事になってしまう。
恋人同士でみる雪は綺麗で美しいのに、望んでもいないのに一方的に降りそそぐ雪は相手に不快感を与える。にわか雪程度では気付いてもらうことすらないのかもしれない。
そして、どんなに美しい雪でもずっとずっと見続けていたら、感動も何もなくなってしまう。
とても儚くて不安定で脆い。


「葵は詩人だな」


綺麗な表現だと褒めてくれる准には、私が降りそそぐ雪がとても綺麗なものに見えているのだろうか。
私に降りそそぐ准の雪は、白雪のように真っ白で美しい。あまりにも白く輝くから眩しくて目を細めたくなってしまう時があるほどに。


「私の雪も、あの二人みたいにいつか溶けちゃうのかな……」


今までそんなことで不安になるなんてことはなかった。准が大好きだという気持ちが揺らぐなんて思ったこともなかったし、准が私を大切に思ってくれているのも伝わっている。それはこれからも変わらないと思っていた。
それなのに、疑う余地さえなかった真っ白い雪に墨を零されたようにじわじわと不安が広がっていく。


「溶けないさ」
「え?」
「葵の雪は解けない……いや、溶かさないと言った方がいいか」


意味のわからない持論にネガティブ思考が混ざれば呆れられたった不思議じゃない。それなのに呆れるでも怒るでも困るでもなく真っ直ぐ向き合ってくれる准には、相変わらずの爽やかさの中に力強さがあった。


「ずっと降らせてればいいんだろ? なら、ずっと好きだと思ってもらえる様に努力するさ」


まるで当たり前の事のようにサラリと告げる准に冗談の色は見えない。真面目に、心からそう思っているのだろう。揺るぎのない瞳が私を真っ直ぐに写している。
きっといま、准には私のどか雪が降りそそいでいる事だろう。本当に、私の恋人はどこまで私を虜にしたら気が済むのだろうか。


「でもそれじゃあ准が埋まっちゃうね」
「そうか。ならほどほどに俺の熱で溶かそう。葵を想えばすぐに溶けそうだ」


性懲りもなく働くネガティブが思考の空回りを誘うが、そんなぽっと出の不安なんてものは准の前では何の意味もなさないようだ。出るそばからもぐら叩きの要領よろしく叩きのめされては、もう笑うしかない。
彼女の話を聞いてから沈みっぱなしだった気持ちがふわりと軽くなる。力強く握りしめていた両手だって、准が触れるだけで魔法のようにほどけていく。


「……あったかい」


伸ばされた手にすがるように両手を絡めて想いを込めれば、爽やかだった笑顔をくしゃりと崩して目を細めた准に、また私の雪が舞った。でも、どうやら雪が舞ったのは准も同じだったようだ。


「困ったな。俺からの雪は凄いだろうから葵が大変になってしまうな……」


逆に止め方が分からないと悩む准に面映ゆくなり、誤魔化す様に准の手を強く握った。今まで私が「私ばかりが……」とか「好きすぎて重いかな」とか思わないでいられたのは、こうやって准が言葉をくれるからだ。
そうだ。悩む必要なんてないのだ。私は准が好きだ。大好きだ。准も私を好きだと沢山表現してくれている。大切にしてくれている。それは事実で、今後も変わらない様にお互いに努力していけばいいだけのこと。
一人で足掻いていたらダメになってしまうかもしれない。でも、准がいる。一人じゃない。
二人でいれば、どんなに互いが雪を降らせたってちっとも寒くない。


「二人でいれば、どんなに積もっても大丈夫だよ」
「そうだな! いっそ、二人で雪だるまでも作るか」


雪も減るし名案だと目を輝かせる准に思わず頬が緩む。
准とならどんな環境でも楽しく過ごせてしまう気がするのだから不思議だ。


「かまくらもいいかもな」
「じゃあ私、ウサギも作る」
「おっ、いいな。葵が作るウサギはきっと可愛らしいだろうな」
「ハードル上げないで! 工作は得意じゃないからね」


雪へ例えた中に織り交ぜた不安を准が感じ取ってくれたのかはわからない。それでも私が欲しかった答え以上のものをくれる准に、心惹かれずにはいられない。きっといくら雪の造形物を作っても減らないから、そのうち雪まつり並みの大作が出来るんじゃないかな。


「ねぇ准。大好き」
「あぁ、俺も大好きだ」


ここが部屋で二人きりだったら今頃しがみついてキスの一つや二つ交わしていたかもしれない。そう思ったのは私だけではない様で、互いに自然と腰を浮かせて立ち上がった。行き先は口に出さなくてもわかるから、互いに迷うことなく歩みを進める。


「今年は雪が積もったら雪遊びしようね」
「俺も同じことを思っていた。今から楽しみだな」
「ふふ、まだ夏が始まったばかりだけどね」


write by 朋


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