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掴まれた未来


本部の食堂で一人テーブルに座る。任務が中途半端な時間に終わったせいで、昼食の時間はとうに過ぎてしまっていた。いつもは賑やかな食堂もぽつぽつと人が見えるだけ。笑い声が話し声が響くことも無く、とても静かだ。
そんな中、注文したA級セットを目の前に手を合わせてからうどんを口に運ぶ。食べ終わったら久しぶりにソロで誰かとやろうかな。今は誰がいるんだろう。コシのある麺を咀嚼しながら考えていると、ふと影が差したのに気付いて顔を上げた。


「よっ、高宮ちゃん」
「迅くん……珍しいところで会うね」
「さっきまで打ち合わせしてたんだけど、腹減ってさ」
「実力派エリートは大変だねぇ」
「まあね」


玉狛支部所属の隊員と本部で顔を合わせる事は滅多にない。ランク戦の実況だったり、ラウンジで偶然にならまだ分かるけど、ここは食堂だ。しかもこの時間なのだから、珍しいとしか言い様がない。
迅くんと会う事自体久しぶりで若干緊張したけれど、いざ口を開いてみれば迅くんの軽い口調も何も変わってなくて、肩に入っていた力がストンと抜ける。


「あー……高宮ちゃん」
「ん?」
「これ、あげる」


ちゅるりとうどんを啜った私に差し出されたのは、少し皴の寄ったポケットティッシュ。うどんの汁でも付いてしまったんだろうかと口元を押さえながら慌てて受け取れば、「違う違う、何もついてないよ」と否定されて思わず首を傾げる。じゃあ、このティッシュは何? そんな私の困惑が伝わったんだろう。迅くんは眉を下げて困ったような表情を浮かべた。


「さっき来る途中に貰ったやつで悪いけど」
「うん」
「今日必要になるかもしれないから、持ってた方がいいと思うよ」
「……ありがとう?」


そう言われてしまえば、受け取る以外の選択肢はない。彼の未来視という類稀なるサイドエフェクトは古参の隊員達には周知の事だ。ボーダーにとって有益な情報をもたらしてくれるので上層部からも重宝されているし、桐絵ちゃんから聞いた話によるとサイドエフェクトを生かして暗躍もしているらしい。だから、必要になるかもしれないという曖昧な言い方でも、迅くんが言うのなら絶対に必要になるんだろう。そこに疑う理由なんてなくて、いつでも使用出来るようにポケットの中へ仕舞った。
ティッシュが必要になるなんて、未来の私は鼻血でも出すんだろうか? なんて使用用途を考えていれば、がさりとお菓子の袋が目の前に置かれた。


「これもあげるよ」
「え、いや……いまご飯食べてるから」
「じゃあね」


ぼんち揚げ、と書かれたお菓子は迅くんがいつも食べているものだ。彼の口に一枚咥えられているソレは当然ながら食べかけで、既に満腹感を訴えている胃では食べ切れそうにない。だからやんわりと断ったのに、私の返事をスルーして出入り口の方へと長い足を進める迅くんに呆気にとられてしまう。
お菓子、いらないんだけど。え……聞こえたよね?無視ですか?


「っていうか、お腹空いたんじゃなかったの……?」


ご飯を注文した様子もないし。一体何のために食堂に来たんだろうか。
ティッシュと食べかけのお菓子。どこか困ったように笑う迅くん。それらが示す意味が分からず、首を傾げるほか無かった。



◇ ◇ ◇



ぐじゅ、今にも溢れそうな音を鳴らす鼻を、もらったティッシュで思いっ切りかんだ。周りがどうとか形振り構っていられない。そんな余裕なんてない。手の中でぐしゃぐしゃに丸めながら勢いよくもう1枚引き抜くと、端っこだけが破れて取れる。


「ああ、もう」


小さく呟いた声が震えている事に気付いて、グッと唇を噛み締めた。今度はゆっくりと引き抜いて瞼に押し当てると、生暖かいものがじわりと染み渡ってくる。
――たった今、彼氏に振られた。貰ったティッシュの使い道は顔中の水分を拭い取るためのものだったらしい。迅くんはこの未来が視えていたんだろうか。なんて、愚問だろう。
でも、視えていたのなら教えてくれても良いじゃないか。もしかしたら、別れない為の道もあったのかもしれないのに。感謝こそすれど、迅くんに怒ることなんて有り得ないのは分かってる。分かってるけど、心のどこかでそう思わずにはいられない。

だけど、詳しい事を聞こうにもそれ以降迅くんに会う事は無かった。本部で偶然会う事は難しいと分かっていたから、玉狛支部に行ったり任務終わりを狙ったりしてみたけど、全て空振り。もしかしたら私の行動も視えていて、あえて避けていたのかもしれない。
探して、でも会えなくて。そんな日々が二週間くらい続けば私の怒りもすっかり無くなってしまっていた。大体の事は一晩寝ればどうでも良くなる性質だし、そもそも怒ること自体見当違いだったのだ。彼氏とも大学に入ってからうまくいってなかったから、迅くんに何を言われようと終わるのは必然だったのかもしれない。
それでもまだ迅くんを探しているのは、聞きたかったから。
あの時食堂に来た、本当の理由を。


「どーも」
「っ、迅くん……」
「玉狛に来たってレイジさんに聞いてさ」


中々会えないし、今度あった時にでも聞けばいいか。そう諦めていた頃だった。
隊室を一歩出た時、横から掛かった声に勢いよくぐるりと振り向けば、ずっと探していた彼の姿。気だるそうに壁に寄りかかっていた迅くんがいつものように緩い笑顔を浮かべながらひらりと片手を上げている。私が探していたのはなんだったのかと思うくらい、ひょっこりと姿を現した事に些か拍子抜けしてしまった。


「おれに何か用だった?」
「あ、えっと……あの時、ティッシュありがとう」
「ああ。役立った?」
「うん。それで、ちょっと聞きたいことがあって」
「ん?」
「あの時……何が視えたの?」


聞きたい事は決まっていたけれど、いきなり本題に切り込むのもどうかと思って咄嗟に思い浮かんだ事を口にしたが、すぐに後悔した。この質問だと、迅くんは答えてくれないだろうと思ったからだ。ボーダーに関わる事以外、視えたことをあまり話したがらないのを知っていたから。
適当に躱されるのを予想して次の言葉を探していた私を尻目に、「おれに視えたのは、高宮ちゃんが男と話して泣いてるところだよ」と、あっさりと答えをくれた。それが意外すぎて驚きを隠せず、ぱちりぱちりと何度か瞬きを繰り返す。


「そっか……。それで、その、彼氏と、別れたんだけど」
「あらら、そうなんだ」
「他の選択肢とか、なかったのかなって」
「まあ……あったけど」


壁から背を離した迅くんが、一歩ずつ距離を縮めて私の前へと立つ。色素の薄い双眸が私を映し出していて、思わず足を一歩後ろへ下げた。
――視られている。そう思ったのは間違いじゃないだろう。別に視られる事に嫌悪感があるわけじゃないけど、未来の自分が何をしているか想像もつかないので少しだけ抵抗がある。一歩下がったところで何か変わるわけでもないが、ようは気持ちの問題だ。


「それはおれの最善じゃなかった」
「え?」
「高宮ちゃんが彼氏と別れることで、実現可能性が高くなる未来があったんだよね」
「どういうこと?」


今日の迅くんはいつもと何か違う気がする。飄々としているのは変わりないけど、纏う雰囲気に軽さはない。いつも手に持っている揚げせんはなく、両手はポケットの中だ。だけど視線は逸らされる事なくずっと私へと向けられていて、ぴり、と背中に緊張が走った。どくんどくんと鳴り始める心臓を服の上から抑えつける。


「ちょっと……そんなに見ないで」
「視られるの、いや?」
「そういう意味じゃ、」


ない。そう否定しようとしたけれど、言葉にならなかった。ポケットに仕舞われていた迅くんの手が、私の宙に浮いていた手をするりと攫っていったから。熱いくらいに感じる体温が、緊張から冷たくなった指先をじわじわと温めていく。
迅くんの最善の未来って何なんだろう。今、迅くんには何が視えているの?


「ちなみに、今が分岐点なんだけど」
「……迅くん、近い、」
「最善……選んでいい?」


口元に弧を描いた彼が近づいてきたので思いっきり顔を横に背けると、小さな吐息が耳にかかった。


「すきだよ」


ぽつりと落とされた一言に、ぶわっと身体中の体温が一気にあがる。俯いたまま顔をあげることの出来ない私に「ははは、真っ赤」と楽しそうに笑う声が聞こえた。もしかして揶揄ってるんだろうかとも思ったけど、揶揄うためにこんなに直接的な言葉は言わないだろう。
彼氏と別れたばかりだし、今は考えられない。とか、迅くんのことそういう風に見た事ないとか。断る理由はいくらでもあるのに、何一つ出てこなかった。だって、今抗ったところでどうにかなるんだろうか。


「あ、未来確定した」
「っ、もう!視ないで!」


迅くんが視た未来は、そう遠くないものかもしれない。

write by 神無


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