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愛してると囁いて

もう少しで今日という日が終わりを告げようとしている真夜中に、川のせせらぎが響く玉狛支部の扉に手を掛ける。月も傾きかけたこんな時間でもたいてい誰かしらが起きていることが多いのは未成年の教育上どうなのかと日々思う所はあるが、本人たちのやる気を削いでしまわないように注意するってのが難しいところだ。
なるべく静かに玄関をくぐり、明かりが漏れているリビングへと向かう。


「ただいま〜って、なんだお前か高宮」
「おかえりなさい!なんだってのは酷いよ林藤さん!」


俺の言い方が気に食わなかったのだろう。あからさまに不貞腐れた態度を示す高宮を笑って受け流しながら堅っ苦しいジャケットとネクタイを外す。そんな俺の態度もいつもの事なので、高宮はブチブチと文句を言いながらもすぐに何事もなかったかのように視線を今まで見ていたテレビへ戻し、画面の向こうのアイドルと一緒に鼻歌を口ずさむ。この切り替えの早さもコイツが個性派ぞろいのウチの連中と馴染めている要因の一つでもあるのだが、もともと高宮は玉狛メンバーでもなければボーダー隊員ですらない。大昔のボーダー設立当初からココに遊びに来るご近所さんってやつだ。
隊員たちが変わろうがボーダー組織自体が変化しようが高宮が変わることはなく、何年経っても用事もないくせにちょくちょく遊びにやってくる。


「今日はお前ひとりか?」
「そうなの! せっかく来たのに未成年は帰っちゃうし迅はどっか行っちゃうし、レイジは防衛任務だって〜」
「それでそんなDVD見てんのか」


だったら帰ればいいだろうに。すっかり寝間着に着替えているところを見るといつもの様に泊まるつもりなのだろうが、何が楽しくてコイツがここにきてるのかは何年経っても謎だ。
自分のコーヒーを入れるついでに作ったミルクたっぷりのカフェオレを高宮へ差し出せば、嬉しそうに両手で受け取る姿は昔から変わらない。ついでに好きなものを見て瞳を輝かせている姿も出会った当初と変わらないようだ。画面の向こうのキラキラした若いのがファンサービスとやらをする度にキャーキャーと嬉しそうにはしゃいでいる。


「ねぇねぇ林藤さん! 林藤さんもコレ言ってみて!」
「は?」


突然の申し出に呆れた声を出せば、何を示してるのか俺がわからないとでも思ったのか輝かせた瞳のまま俺を指さし、ウィンクを決めながら「愛してるぜ」なんてテレビの向こうのアイドル様の真似をしてみせる高宮。本人かなりのドヤ顔だからキマッたとでも思っているようで、次は俺の番だと催促してくるから呆れた溜息が漏れる。


「まーたお前さんは訳のわからんことを」
「え〜私はいつも言ってるじゃん。林藤さんが好きだーって。訳わからんことじゃないでしょ?」


たまには自分も言われたいとか、どう考えてもふざけているとしか思えねぇな。ただの昔馴染みのご近所さんという間柄でしかない俺たちに、好きだの愛してるだの甘ったるい台詞は不相応だ。


「会った時から成長しねぇな、お前は」


こいつは昔から事あるごとに俺が好きとか軽く言っているが、小南や陽太郎に言っているのと同等の軽さがあった。小・中学生の頃ならともかく今でも誰に対しても簡単に好きとかいう高宮を悪いとは言わないが、正直ガキの戯言にしか聞こえない。もっとも、コイツも本気とやらを俺に伝えるつもりはないのだろうが。


「私は一途なんですぅ。だいぶ食べごろになってきたし、そろそろどう?」
「十年早えな。ガキに興味はねぇよ」
「もう、すぐ子ども扱いする……。とっくに成人したよ?」


立派な大人! と胸を張る姿はどう見ても子供だ。それに、いくら社会人になったとはえ十も歳が違えば幼いという印象は中々拭いきれないというもの。昔から知っているのならば尚更のことだ。


「林藤さんからの愛が欲し〜」
「バカ言ってないでそろそろ寝ろ。夜更かししてると成長しねぇぞ」


中身が成長しないという意味で言ったが、高宮は肉体の成長と捉えたようで自身の体へ視線を這わしてからキッと不服そうに俺を睨みつける。胸を覆い隠すような仕草が高宮の考えていることを物語っていた。


「林藤さんのスケベ!」


いつか悩殺してやるんだからと捨て台詞を叫びながらリビングを出る高宮の去り際の顔が、一瞬悲し気に揺れていたことには気づかないフリをした。
高宮が居なくなり、急に訪れた静寂を噛みしめる様にドカッとソファーへ腰を下ろす。

これが今の俺と高宮の関係なのだ。時折垣間見える高宮の本気は見て見ぬふりをして、今まで通り戯言を交わし合う。俺はあえて高宮を子ども扱いするし、高宮もあえてふざけた態度で返す。
今まであった関係を壊して新しく作り変えるなんてのはかなりの労力を要するわけで。それをやるだけの度胸のない彼女にそれをさせる隙なんて与えてやるつもりはない。

ぬるくなってしまったコーヒーをのんびり飲む気にもなれず、いつの間にか飲み干されていた高宮のカップと一緒に流し台へと並べる。高宮のカップの縁だけ唇の形に光るのが妙に厭らしく見えて、これが寝る前じゃなければリップではなく口紅だったんだろうかと考えてしまう自分に失笑してしまう。気持ちを切り替えるように綺麗に洗い流してみたが、気持ち迄洗い流すのは無理だった様だ。


「ったく、人の気も知らないで」


子供だとばかり思っていた高宮に女を感じ始めたのはいつ頃だったか。もっとも、すぐにそれどころではない事態になってしまったため、しばらくは特別な感情を抱く暇もなかったのだが。
命のやり取りに肉体も精神も疲れ果て、それでも動き続けなくてはいけない日々。悲しみに暮れる暇もない中で、変わらない高宮の存在がどれほど心の支えになった事だろう。


「湿っぽくていかんな」


もうココにはいない仲間たちの顔がチラつくこんな夜は星空の下で一服するにかぎる。
タバコ片手に今は空き部屋が多く静かになってしまった廊下を横切ろうとして、閉まり切っていない扉がある事に本日何度目かのため息が漏れた。普段は空き部屋のその部屋の扉が閉まっていない理由など確認しなくてもわかってしまう。
風に押され徐々に大きく開いていく扉の中で、窓も開けたままで無防備に寝ている高宮に警戒心は全くないようだ。はだけた布団から伸びる素足が妙に白く浮き出てみえる。

高宮のこの幸せそうな寝顔を守るためにも、俺にはやらなくてはいけない事が山ほどある。ボーダーにいる以上、いつ命が尽きるともわからない俺が不用意に高宮に手を伸ばしていいわけがないのだ。
こいつにはまだ、ありとあらゆる可能性を秘めた未来が待っている。日頃かまってやれないうえに心配かけるばかりの男なんかより、同じように平和な未来を歩いていける男を好きになってくれたらそれでいい。
心からそう願っているはずなのに、無邪気で無防備な好意を向けられると、時折湧き上がる自分の感情に狂いそうになる。


「愛してるさ……」


いっそ本音をぶちまけてこの腕で抱きしめてしまえたのなら。そんな願望が口にしてはいけない言葉を引き出させる。静寂の中に響いた俺の声は誰にも届くことなく暗闇の中へと溶けていった。


「なに言ってんだ俺は」


聞こえてくる寝息に安堵しつつ、そっと扉を閉める。妙に速まってしまった鼓動を鼻で笑いながら屋上ではなく来た道を引き返した。これは反省するのに一服では足りないな。


「……一杯やるか」


星空の下、あふれさせるつもりのない想いを酒と一緒に喉の奥へと流し込めば、腹の中がジワリと確かな熱をはなった。

write by 朋


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