■ 1


「本当に、あなたが好きなんです。抱かせてください」

 仁科功夫、52歳にしてなじみのバーの店主に告白されちまったよ。下着をずり下ろされながら。なんてこった。

 ヤツの名は七浦勇一、35歳。地方の町の小さな繁華街。そのみすぼらしい路地の片隅。見過ごしそうにちんまりとしたバー【Rub-ラブ-】を営む筋骨隆々たる大男。

 初対面の人間はとりあえずヤツをヤクザ崩れと判断するだろう。俺もそうだった。

 だが、実際は格闘家崩れだ。
 現役時代の名残りなのかスキンヘッドだわ、首筋に刺青はあるわでよく客商売ができるなという見た目だ。

 しかし、中身はなかなかマメで気さくなイイヤツなんだが、それはともかく。

「なに……言ってん、の……お前?」

 まあ、第一声はこれに限るだろう。
 当然、これに対する答えは、

『冗談です』

 と、こうきて、俺が、

『気持ち悪い冗談言うんじゃねえよバカ』

 と笑って終了。ということに、

「本気なんです。あなたが独り身に戻った今なら、もう隠す理由はありませんから」

 ならなかった。

 いやいや、セリフが違うだろ、お前。カットだ、カット。テイクツーに行こう、な?

 確かに俺は20年ぶりに独身になったぞ。

 いまだに売れない映画を撮り続けて借金三昧の貧乏暮らしに愛想尽かして女房はどっか行っちまった。だがしかし、俺は女と結婚してたんだ。それがどうして別れたからって男に言い寄られなきゃならん?

「ずっと、気が気じゃなかった。店に来る連中も皆あなたを嘗め回すように見て」

 七浦が俺の太腿に生えた毛の流れを撫でつけながらそんなことを言う。

 店に来る連中っていったって男ばっかじゃねえか。いつ来ても男臭くてむさ苦しい連中が肩寄せ合って飲んだくれてるだけだろうが。まあ客はみんな気さくでいい連中ばっかりだから居心地はいいが。

 それも店主のお前の人徳なんだろうな、なんて思ってちょっと感心してたのに、この仕打ちはなんだよ? ええ、おい?

「初めてじゃないだろうけど、久しぶりだとキツイだろうから、ゆっくり慣らしてあげますよ」

 男に押し倒されてるなんて、こんな状況は初めてだよ。そしてどうしてお前さんは俺がお前を拒んでないような態度で話を進めようとして。

 あ、拒んでないな、俺。
 驚きのあまり頭ばっかフル回転で口は絶句してたな。

 こりゃヤバイ。
 拒もう。

「すまん、が……俺、抱かれたくない、んだ、が……」
「仁科さん、タチなんですか? ネコだと思ってました。でも俺もタチの方が好きなんですよ。それに、そんなに酔ってちゃ動くのは辛いだろうし、今日は俺がしますよ」

 なんだ、それは。気遣いか? ポイントが違うだろうがっ。酔っ払いなんだから静かに寝かせてくれよ。

 ああ、ちょっと離婚がショックで飲みすぎた俺がバカだった。

 よかったら上の部屋で休みますか、とか言われて店の2階にあるこいつの自宅にのこのこついてきたのがマヌケだった。

 ベッドに寝かされてシャツとズボンを脱がされても、手間かけさせて悪いなあ、なんて呑気に感謝してた俺はアホだった。

 下着まで脱がされそうになってようやく慌てた俺なんか、お前から見たらどうせ焦らしてるだけのもったいつけ野郎にしか見えないかもしれんが、本気で嫌なんだよ、そんなつもりはこれっぽっちもないんだよ、おいっ。

 というセリフが言えたら、少しはコイツも引き下がってくれたかと思うが、でろでろに酔った俺の口は、酒臭くて熱っぽい息を吐きながら、もごもご動いただけで、おまけにその口はたったいま塞がれた。七浦の唇で。

 やぁーめぇーろぉーっ!

 心の中で絶叫して、現実では、ただいいように口の中を舐め回されている。

 しかも、手が、七浦の太くて節くれて意外にもしっとりした指が半ば脱がされた下着の中で俺のムスコを撫で回して揉みくちゃにして握ってぇあああああっ、待て! ウエイト! ストップ!

「七、浦……っ、だ、……め……っ、手、……どけっ」

 長々としつっこくねちっこいキスのおかげで酸欠で息が上がって掠れた俺の声に、七浦が手を止める。




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