終章
玄関のカウンターで支払いを済ませる嵐に、数野が笑って話しかける。
「またこっちに来ることがあれば、寄ってね。でも空き室ではもう寝ないでちょうだいよ」
どうやら彼女にすっかり気に入られたらしい。同年よりも年輩の人間に好かれるタチである嵐は、ここでもその本領を発揮したわけだ。財布をしまい、マフラーを巻きながら笑って返す。
「すみません。本当にお世話になりました」
「うちにも息子はいるんだけどねえ、お兄さんみたいな時代はとっくに過ぎちゃったから」
カウンターに頬杖をついて溜め息をつく。自分の祖母と同じような口調に苦笑し、コートの前を止めていると、廊下の奥から朱里が顔を覗かせているのが見えた。
そんな嵐の様子に気付いた数野が振り返り、朱里を手招きして自分の側に抱き寄せる。
「珍しい、お客さんの見送りに来るなんて。どうしたの」
別に、と言って顔を俯かせる。いつもと違う孫の様子に数野は首を傾げ、嵐と顔を見合わせた。
「人見知りがなおったんじゃないですか」
「ならいいけど」
それでも心配がぬぐえないのか、数野は朱里の頭をなでて、その顔を覗き込んだ。
苦笑しながら二人の様子を見ていた嵐だが、ふと思い出し、鞄のジッパーを開ける。唐突の行動を不審そうに見守る朱里の前へ、嵐は赤いお守りを差し出した。
「あげるよ。頑張ってくれたから」
初めは嵐とお守りを見比べていた朱里だが、おずおずと手を出し、そのお守りを手に取る。
「……ありがとう」
ちらりと嵐を見るとすぐに視線を反らした。お守りは胸にしっかりと抱いているから、一応は気に入ってもらえたのだろう。いくぶんほっとしながら鞄を持ち、立ち上がる。
ちょっと前に明良から貰った物だが、自分よりも彼女が持った方が効果はあるだろう。
──わずかばかりの反抗だが。
小さく微笑んで孫の肩を抱く数野に向かい、嵐は声をかけた。
「それと、俺が寝てた空き室ですけど」
はい、と数野は驚いたように顔を上げる。
「しばらく誰も泊めない方がいいですよ。襖を開けて、塩とお神酒を供えてあげてください」
「……は?」
数野共々、朱里まできょとんとした顔を向ける。
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