天にとどく

 蒸し暑い日が続いた。
 梅雨だというのに、まとまった雨が降ったのは片手で数えられるほどの日数で、たまに「雨が降る」という予報が出ても、どこかからのしぶきのような雨がちらつくばかりだった。降雨を警戒して手にした折り畳み傘をうらめしく思い、朝の豪雨とは正反対に晴れやかな顔を見せる夕暮れに溜め息をついたことは、雨が降った回数よりも多い。
 それでも、梅雨にしては涼やかな風が、当たらない天気予報へのいらだちをなだめてくれていた。朝晩ともなれば半袖では寒いくらいで、歩いていれば確かに暑いものの、じっとしていれば肌に浮かんだ汗が一瞬で冷えていくの感じるほどである。夜が寝苦しいと思ったこともなく、これは楽だと思っていた矢先、二日ほどの豪雨を経て、天気は次の段階へと、さっさと移転を始めてしまったようだった。
 梅雨らしい雨だね、などという会話すら懐かしく感じる。朝から昼にかけて降った雨の量は大したものだったが、空に蓋をするかのように滞る灰色の雲が地表からの熱までもおさえこみ、道行く人はハンカチを手放せなくなっていた。
 降雨中は涼しく感じた空気も、今は湿気のかたまりとなって、行く手を阻むばかりである。かきわけるようにして進む、という表現が本当にあてはまるような気温と湿度に、嵐を始め、頓道家の面々は辟易していた。
 だが、さすがは近所の子供をして「お化け屋敷」と言わしめるだけの家である。大人も表だっては口にはしないが、影では同じようなことを口にしているのは間違いない、と嵐は我が家ながらそう思っていたが、夏場はそれが思わぬ恩恵をもたらすのだ。
 庭にぼうぼうと生い茂る草木はもちろん、土から生えてくるものであり、その土が表の舗装された道路から吹き込む熱気を冷やして、家に届けてくれる。草木を通して渡る風は涼やかで、微かな湿度を伴ってはいるものの、それを清涼感という形で感じられるのはありがたいことである。
 木は枝を広げ、葉には白々とした陽光が照り付ける。見ただけで暑くなってくるような光の強さであるが、木漏れ日という形でふりそそぐ陽光には棘がない。わずかに開けた場所を除けば基本的に草と木だけである表の庭は、家へ涼しい風を届ける最高の装置となっていた。だから、エアコンも形程度に存在するのみで、室外機はもはや植木鉢を置く場所と化している。家の戸という戸を開放してしまえば涼風が勝手にめぐるので、扇風機の一つでも回していれば大抵は事足りてしまう。
 しかし、それも家の中だけでの話である。梅雨明けを宣言してからこっち、夏がちゃくちゃくと暑さを極めているのは事実だった。
「……うちは割と涼しくて楽だと思ってたけど」
 祖母がうちわであおぎながらぼやく。
「今年はそれにしても暑いね」
「これから更に暑くなるって言ってるけどねえ」
 母親が冷たい麦茶を持ってきて、そのぼやきに応じた。
「さすがに外が三十五度とかになれば、うちのエアコンも動かすしかないわね」
「昔はそんなんじゃなかったのにねえ。今は夜だって寝苦しい時があるくらいだし」
「風向きが変わったんじゃない? 前は窓を開けていれば風が入ってきていたのに、今はそよ風みたいなものだし」
「その風もぬるいときたらねえ」

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