終章

「……結局、あの女は結界代わりか。ふうん」
 小さくちぎって寄越された饅頭をついばみながら、鴉が達者な舌回りで話す。時々、皮と餡子を分けて食べるという器用なことをするものだから、黒い嘴の周りには餡子がこびりついていた。
 屈み込んでその様子を眺めながら嵐は答える。
「だって鬼だろが、揶揄じゃなく。お前だって苦手だろう」
 小さく呻いて饅頭をつつくあたり、間違ってはいないのだ。考えてみれば、初めて会った時も盃の主に怯えて遠巻きにしていたように思う。とことん、身の安全には忠実らしい。
「何が来るかわからなかったから、丁がいれば何とかなると思ったんだよ。結局、効果はあったしな」
「……その悪知恵の所為でわたしは弾き飛ばされたというわけだな。いたいけな少女相手に無体なことをする」
「自分で言ってりゃわけないな。……ところで聞きたいんだが、何で俺の家で寛いでんだお前」
 後半、いくらか怒気のこもった声を向けられても生返事が聞こえただけだった。あまりの反応の薄さに振り返れば、今日は尻尾をおさめた巫女装束の少女が、縁側で明良と碁盤を挟んで向かい合っている。その口にはいちご大福を頬張っており、どうりで返事が聞こえないわけだと納得しつつも、怒気がぶり返すのを覚えた。
「おれだって勘弁してもらいたいよ。何だって五目並べ……」
「人間のお前と対等に勝負出来るようにしてやったのだ。ありがたく思え」
 うんざり顔で嵐を振り返る明良に向かって、急いで大福を飲み込んだ少女が声を張り上げる。
「お前の寺ではわたしも本領を発揮出来ぬ。そこでそこな男を立会人にしてここで勝負すればどちらにも平等と思うた、わたしの温情を無下にするでない。さあ、いざ尋常に勝負!」
「そうかそうか。はい四連」
「あ」
 明良の持ち石である白の碁石が四つに並び、黒の碁石を持つ少女がここでどちらを封じても明良の勝ちとなる。声を上げたまま固まった少女を明良は覗き込んだ。
「オレも大概弱いと思ってたけど、えらい弱いもんだな、狐々は」
 うう、と返す言葉も飲み込んで明良を睨みつける。
 先日の一件では名乗る暇もなかった狐々はここへ来て初めて名乗り、明良との勝負ついでに三つ塚の主との関係を簡単に説明して今に至る。だが、塚の主をどうしたとか、何故明良につっかかるのかとか、核心に触れる部分は全く口にしない。あれほど必死だった姿が嘘のように思え、嵐はのんびりと立ち上がって狐々を振り返った。
「塚の主はどうしたんだよ」
 食い入るように碁盤を見つめていた狐々が嵐の言葉に顔を上げ、ふと、その表情を和らげたように見えた。

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