庭清水

 梅雨に入ったばかりだというのに、このところの雨続きで、道行く人の顔は冴えない。朝夕と、散歩がてらに近所を飛び回る天狗も人のことは言えない顔つきで、雨にけぶる街並みを眺めた。
 夕刻間近、この時期であれば帰路につく人々の足元はまだ明るく、空には夕陽が見える頃合である。しかし、今は厚い雲の奥に隠れてしまい、その名残のような白っぽい光が、雲や雨と共に薄く広がるばかりだった。
 雨の帳の中でじっと息を潜めているような街並みを高台から見ていると、その奥から何かが顔を出してきそうな期待にかられる。この風景が一日か二日程度であれば面白いと思うのだが、さすがに七日続けば飽きてくる。そんな心が、変化のない風景にも余計な期待を負わせてしまうのだった。
 ぽつぽつと点在する竹林や雑木林の向こうには、大きなマンションが建ち、その隙間を埋めるようにして民家がところ狭しと立ち並ぶ。雨と薄雲はそれらの輪郭をぼかし、色合いを薄めて、一見して水墨画のような光景に変えていた。これも一日目にだけ抱いた感想であり、二日目には嵐の家はどこだろう、と探し始め、七日目の今日はどこをどう見れば楽しいのか探すほどである。
 それでも、天狗がここに毎日来るのは端的に言って暇だからであった。
 嵐は家にいれば本を読むか何かしているし、外へ出て行くのに着いていっても基本的に天狗を構うことはない。嵐の家族にいたっては天狗の正体を知ることもないから、うっかり鴉の姿で話すことも出来ない。頻繁に構ってほしいとは思わないにせよ、適当な暇つぶしがないのはそれなりに辛いことだった。だから、雨でも構わず出てゆくのだが、七日も同じ風景では、嵐の家族を観察している方が遥かに面白いかもしれない。
 羽も濡れるし、と天狗は背中から生える羽を広げた。高い木の上で、木の葉に隠れていれば人の目に触れることはなく、加えて、この周辺は雑鬼がそこそこ多い。人の姿でいても弊害はないが、しとしとと降る雨で髪や羽が濡れるのはいささか気持ち悪かった。
──雨はおれの得意分野なのになあ。
 気持ちが悪い、と感じるのにはもう一つ理由があった。
 天狗は戸を開けるような動作で、手を動かした。すると、一瞬だけ雨の筋が天狗を避けるように膨らむが、すぐに元の軌道に戻って降り続く。これが、天狗には気に入らない。
 羽団扇を使っても、元に戻るまでの時間が少し延びる程度で、それ以上の効果は得られなかった。本気でやればあるいは、とも思うが、いつもは本気でやらなくとも効果はある。それが見られない以上、本気でやっても同じことだろう。
 自然の雨なら、自然の寵児である天狗に従う。
 だから、これは自然の雨ではない。
「……」
 天狗は頬杖をついた。
 結論が出たところで、原因が一切わからないというのも妙である。人に触れすぎて勘が鈍りでもしたのだろうか。

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