六章

──もう一度来る羽目になるなんてな。
 我ながら無駄足とも言える事をしていると思う。だが、笹山のこと、ついでにポケットの中でまだ輝きを失っていないであろう毛の詳細を正すならば、三つ氏をおいて他に考えられなかった。
 考えられない、という狭小な選択肢の幅にも問題があるが、そこは今とやかく言うべきところではない。
 ついさっき訪れたにも関わらず、既に三つ氏の敷地内は陰鬱とした空気に包まれていた。暗さも先刻の比ではなく、足を踏み出した瞬間に嵐は激しく後悔した。天狗でも先に行かせておけば良かったか。
 最も、既に危険な匂いを察知したらしい天狗は早々に戦線離脱をし、遠くで餌場の顛末でも眺めていることだろう。餌場である自分が危険にさらされたら助けに来てくれるのだろうかと考えて、やめた。それでは危ない目にあうのを前提にして来ているようなものではないか。
──いや。
 多分、それでも仕方ないなと溜め息をつく自分がいる。
 例え理由がどうあれ、善悪の分別もつかぬ年頃ではないだろうに恨み辛みの応酬を繰り返していれば、いずれはどちらも自滅する。そうするにはあまりにも彼らは若い。いい年齢の大人なら別にいいというわけでもないが、自分にも覚えのある時代を過ごしている人間が、あちら側を知る自分以上に関わりすぎて自滅するのは見ていて忍びない。
「……世話の焼ける」
 ぽつりと呟いて三つ並んだ塚の前に立つ。淀みの濃さはここを出た時と同じか、それよりも増したか。
「さっきの話の続きをしたいんだが、いいか?」
「自ら打ち切っておいて何を言う」
 返ってきたしゃがれ声に少々安堵しつつ、胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。聖域だから慎むべき、という感覚はこの場に似つかわしくない。そもそもが、しっかりとした聖域として機能していないのだから。
「悪かったな、俺だって予想外だったんだよ。……それで、お前の意志でここに来たんじゃないなら、それは誰の意志だ」
「それはわたしの知るところではない」
「お前の仲間か」
「答えかねる」
「どうしてだ」
「わたしの眼はもうない。従って見ることも叶わぬ相手の何も、推し量ることすら出来ぬ」
「感覚ぐらいあるだろう」
 意外に現実的な問題を持ち出されて、嵐は多少面食らってしまった。冷静なのか抜けているのか、あちら側のものにしては生真面目な性質の持ち主のようである。
「それも濁ってよくはわからない。今にしても、お前が何なのかわからない」
──それはまた。
 聞きようによっては哲学的にもとらえられる問いだ。妙に納得してしまう自分を諌めるべく、煙草の煙を大きく吸う。

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