五章

 扉越しの面談は先日と様子が変わっていた。
 足元のお茶と茶菓子、そして座布団とささやかな毛布が長時間の面談を嵐に覚悟させる。自発的なものではなく、一種、脅迫めいたものが取り揃えられた品々に込められているからだ。
「……何か、うん、ごめん」
 母親と嵐の心情を察したらしい真琴が曖昧に詫びる。なら帰らせてくれ、と言いそうになるのを堪えて言葉を返し、武文のドアの前に座った。今日は真琴も参加するらしく、用意のいい座布団に座り込んで所在無さげな顔をしている。いつも弟と話している手前、他人を加えて弟の面談をするというのが落ち着かないのだろう。嵐も同じ気持ちだった。
 どう話を切り出そうかとお互いに出方を窺う中、真琴が大きく息を吐いてドアに向かって身を乗り出す。
「武文、こないだのお兄ちゃん来たよ。頓道さん」
 さん付けやお兄ちゃんで説明された当人は気恥ずかしい思いでドアを見つめる。真琴も馴染みである嵐をそう呼ぶのが面白おかしいのか、弟に声をかけてからくすくすと笑った。
「ちゃんとそこにいるんだろう」
 沈黙で答えたドアに向かって言う。か細く「うん」と答える声があった。ついこの前に聞いた声とは随分様変わりしており、嵐共々真琴も僅かに眉をひそめる。
「何かあったか」
 母親伝いにしても、自分の意志で嵐を呼んだのは大きな一歩だろう。
 大きな一歩であると同時に、そうまでして呼ばざるを得ない状況になったと思うのが自然である。遠まわしにせず、率直に訊いた嵐に武文の声は相変わらず小さいままだった。
「……あいつ、来るんだ」
「あいつって、何よ」
 真琴も身を乗り出す。
「あいつ、昨日からずっと」
 更に問い詰めようとした真琴を制して嵐はドアに近寄り、静かに触れた。
「昨日のいつからだ」
「夜から、ずっと……ずっと、窓の外にいる」
 いまいち現状を飲み込めていない真琴は「外見てくる」と言って立ち上がり、階段を駆け下りていく。遠ざかる足音を耳にしながらわずかに逡巡した後、嵐は口を開いた。
「……いじめ、本当か」
 ドアの向こうでひゅう、と息を飲む音がする。かまをかけてみたつもりだが、武文の痛い所を突いたようだ。あまりにも予想通りの反応すぎて嵐は気持ちが落ち込むのを堪え切れなかった。
「俺しかいない。言ってみろ」
 無言が返る。脳裏を先刻の出来事が過ぎり、嵐はその名を口にした。
「……笹山だな」
「違う!」
──まったく。
 無言を押し通すかと思えば、いきなりの大声に嵐の方が面食らってしまった。一階にまで聞こえたかと不安になるも、母親が動き出した気配はない。ただ、ひんやりと、階下から冷気が昇ってくるのみである。

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