二章

 謎の友人なる人物が頭の中を席巻し、仕事もそこそこに嵐は渡された紙を頼りに歩を進める。本来ならば今日中に終わらせたかった仕事だが、母親の笑顔と謎の友人の存在はあっという間に思考を分断していった。お陰ではかどるものもはかどらない。ならばとばかりに連絡をとり、手書きの地図を頼りにこうして歩いているわけだが、通り過ぎる風景に懐かしさはこみ上げてこなかった。一戸建ての家ばかりが並ぶ住宅街にありがちな風景は何の新鮮味もない。幼い頃の記憶というものは何かにつけて蘇ることもあるというが、どうやらそうでもないらしい。
 自分の頭でそれを立証しつつ角を曲がる。すると曲がった先で冷たい風が吹きぬけた。肌を刺す風は冬そのもので、頬が瞬時にして張り詰める。
「ったく……」
 何でこんなところで予定外に寒い思いをしなければならん、と顔をしかめて襟元を寄せ、足を速める。地図によれば宮森という家は角を曲がってすぐのはずだ。
 早足で歩きながら表札とにらめっこするさまはさぞかし不審だろう、と逃げたくなる思いを押し込めて、一件一件確かめる。それほど広くもない道にずらりと面する家々を見てうんざりしかけだが、意外にも件の宮森宅は調べ始めて四件目にして出会うことが出来た。
──ここか。
 ほっとしてその家を見上げる。何ら気になるところもない。白い外壁から突き出す出窓、少し窺えば見える一階のバルコニーなど自分の家には無いものだが、今時の家からしたら普通なのだろうか。
 今から行く、ということを告げるためにした電話には、朗らかな感じを受ける女性が出た。声の具合からそれが誰と推察出来るほど良い耳でもなく、実際、チャイムを鳴らしたら誰が出てくるのかもわからない。
 仕事の依頼を受けて依頼人宅にお邪魔することはある。だが、全くの他人だからこその心構えも出来るというものだ。今回など中途半端に、しかも向こうはこちらを知っているのに、こちらは向こうを覚えていないという始末だから、どう心構えを持てばいいのかわからない。だから妙な緊張感がつきまとう。
 どうしてこう面倒事ばかり、とうなだれながら門を開き、小さな階段を上がった先にある玄関の前に立つ。そこにも掲げられている表札を確認して気持ちを落ち着けた。ドア横のチャイムを押すと、ほどなくしてそれに答える声が出た。
「どちらさまでしょう」
 電話に出た声と同じかどうかわからないが、女であることは間違いない。
「あの、先ほどお電話した頓道と申しますが」
 ああ、と途端に声に喜びが混じり、ちょっとお待ち下さいね、と言うとインターホンは切れる。とりあえずの第一関門は突破したのだろうか、と立ち尽くす。
 手持ち無沙汰に周囲に視線を巡らすと、歓声をあげながら道路を走り抜ける子供の姿が見えた。背格好から中学生くらいと思うが、あっという間に通り過ぎてしまう。何が面白いのか、その歓声は遠くになっても尚、聞こえた。確か話を聞くという弟もあれぐらいの年齢と聞いたが、今もこの家の中にいるのだろうか。そして今の歓声をどういう思いで聞いているのだろう。

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