序章

 無音とは何か。

 文字そのままの意味をとれば音が無い。

 ならば音が無いとは何か。

 生活していく上で耳にする音を拾い、一つ一つ消してゆく。

 起きる音、布団を畳む音、歩く音、咀嚼の音、食器の音、衣擦れの音、いってきますの声──。

 車、喧騒、鳥、風が葉をこする音、建物がきしむ音、空調──耳にする音を全て消してみる。

 すると、無音は暗闇であることを知る。

 音を消す。しかしながら目で見る物に記憶の奥底から音を呼び出してみようと試みてしまう。

 だから目を閉じる。

 音は無い。

 しかしごそりごそりと、耳の奥から何かがやってくる。

 目を閉じ、耳を押さえ、顎を動かした。

 ごそりごそり。ごうごう。きちきち。

 音は内側からする──身の内側から。

 そうか、と悟った。

 どんなに音を拒み、消し、無くしても、自身が生きている音までは消せない。

 音の無い暗闇の中で、人は決して自分の光をなくしたりは出来ない。

 完全なる無音とは即ち、自身の生命活動から起きる音すらも消し去るということ。

 ならば無音とは。

──無音とは、人の隠れたもう一つの欲か。

 全ての音を弾き、自身の音も弾き、その先にあるものを求める一方で、やはり音に立ち戻り、世界に帰還する。

 駄目だ、と思う。

 無音は、ありえない。

 無音は、無い。

 私はこんなにも、音に恋しているのだから。


序章 終り

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