信じられない思い聞き返す。ただのトラブルメーカーだという印象しかない明良が、誰かに対して親切を働くなど聞いたことがない。――今聞くまでは。
 嵐のそのあからさまな態度に、明良は眉をしかめた。
「失礼な奴だな、お前。オレだって親切ぐらいするぞ」
「いや……」
 この様子からすると、明良はその女性の正体を知らないようだ。――仮にも寺の坊主が狐の変化ひとつ見破れないようでは。
「笑うもんかあ?」
「じゃなくて……」
――ああ、確かに。
 あの狐の言ったことは正しかったのだ。
 縁がある。
 事実、嵐は明良の友人だし、明良はあの女性を知っていた。嵐を通してあの狐――尾が割けていたから妖狐と言うべきか――妖狐は明良が見えたのかもしれない。そして縁がある、と。
 そうしてこの夏みかんを渡したのなら、遠まわしにせよ妖狐は目的を果たしたことになる。
「お前、めでたい奴だな」
「だから、何で笑ってんだよ……」
 訳がわからないといった風に、明良は天を仰いだ。
――めでたい奴だ。
 妖狐のような気まぐれ者が律儀にもお礼をしようなど、滅多にない。気付かなかったにせよ、その恩恵を受けた明良は確かにめでたい奴だ。
――偶然?
 もしかしたら、あの妖狐は――……
 そう思うと、やはり笑いが止まらない。
 腹を抱え、喉をならして笑い続ける嵐を、明良は覗きこんだ。
「……おーい」
「いや、いやいや……お前も難儀な奴だな」
「何でお前に同情されんだよ」
「知らないってことも難儀だな。本当に坊主かよ。髪も剃らねぇで」
「オレんとこは剃らなくていいの」
「はいはい」
「何がおかしいんだよ」
「とりあえずおめでとう」
「……おめでとうって何が」
「はい祝杯、祝杯」
 まともに取り合わず、空になっていた二つのぐい飲みに酒を注ぐ。明良に持たせ、自分も持つ。
「……訳わからん」
「全部が全部わかっても面白くないだろ」
――例えば無意識の親切の様に。その行いに対し、妖狐が抱いた想いまで人が計る事は出来ない。――それを推察する楽しみぐらいはあっても。
 笑いあってぐい飲みを合わせると、それらはチン、と小さな音をたてた。


終り

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