「なに、飲んだの?」
 それを肯定の様子と受け取ったのか、明良は身を乗り出した。
「美味かった? やっぱ変な効果あった?」
 変な効果とやらを望んでいるなら――決して言うまい。
「ないない」
「……本当かぁ?」
「坊主が人を疑ってどうすんだよ。俺は寝る」
「……嘘くせぇ……」
 まだ言い足りなそうな明良の脛を、狭い車内で思い切り蹴る。声をあげることも出来ず、明良は渋々ギアを変え、アクセルを踏んだ。
 ゆっくりと、車が動き出した。
「煙草吸うぞ」
「どうぞ。ラジオもっと静かなのないのかよ」
「決定権は運転手持ち」
 つまり逆らうな、という要約い至り、嵐は「へいへい」とだけ言うと、窓の所に腕を置いた。
「ケガするぞ」
「脇見運転の方がよっぽど怖えや」
 減らず口に明良は閉口し、アクセルを踏む力を強めた。
 サイドミラー越しの鯨幕が段々と遠ざかる。遠く遠く、家も遠く、そうして見えなくなる。
――眠れねぇなあ。
 酒の影響か、ここしばらく眠気が襲うことがなかった。今もそれは継続中で、目を閉じてみても眠れそうにない。
――確かに変な効果だ。
 さて、いつ治るのか。
 湿り気を帯びた涼しい風が頬をなで、髪を持ち上げる。
 さしあたって、もうしばらくは本の海にお世話になるしかなさそうだ。
 うっすらと、嵐は目を開ける。
 サイドミラーにはもう鯨幕も家も、映っていなかった。



名残のさかずき 完

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