「……人が入ったら、出てこれないっつったな」
「うん。お前だけだ」
 そうか、と合点がいく。正当な手順を踏まなければ、あの世界を脱することは出来ない。海山も嵐も盃を持っていた為、脱する事が可能だった。
 どちらの世界にも近しい盃は、道を作る。
 しかし持たない人間は――偶然をひたすら待ち、迷うしかない。おそらくはあの四人も。
「運が良いな、お前」
 八重歯を見せて、天狗が笑った。
「……まったくだ」
 大きく溜め息をつくと、天狗の横をすりぬけて早足で歩いていく。突然の行動に、驚いた天狗も早足でついていく。
「……何だよ」
「お前、もう雑鬼を引き連れてるぞ」
 言われれば、頭や肩に数匹まとわりついている。それらを手で払った。
「そりゃありがとよ。だから何だ」
「お前といると餌に困らなそうだ」
 嵐は歩くスピードを早めた。
「……却下!」
 小走り気味な嵐についていくべく、天狗は翼をはばたかせる。
「お前に許可なんか求めてない。おれの意志だからな」
「ああ、そうかい」
 嵐は更に足を早めた。
「もっと早く走れないの?遅い」
「ならさっさと行けよ」
「雑鬼はお前の周りにしかいない。……おっと」
 ふわりと天狗は上空に舞い上がった。天狗のお陰とは思いたくないが、車の音が近い。その中に、人の声が混じっていた。
「……ー……い……おー…い」
 声は段々と近付いてくる。嵐が立ち止まり息を整えていると、いたぞ、という声と共に数人の男が向かってきた。その内の一人は、あのタオルの男だった。
「あんた、無事だったのか!」
「……もしかして死んだと思われてました?」
「七日も見掛けなけりゃそう思うだろう。しかし無事でよかった」
 一同に安堵の様子が見える。
「すみません。大丈夫です」
 まさか数日妖怪にお世話になってましたとも言えない。
「バス、出てますか?」
 男たちは驚いた様子だった。無理もない。彼等にしてみれば嵐は一応遭難しかけた人間であり、大丈夫といっても休息は必要だろうと思う。それをバスは来るか、と問う。自分でもおかしい、と思う始末だ。
「そりゃ来るには来るが……休んだ方が良い」
「いえ、急ぎの用があるんで」
 言って、リュックを示す。すみません、と一礼して、困惑気味の男たちの間をすり抜けるようにして歩いて行く。その途中、嵐は振り向いた。
「そうだ、熊はどうにもできないみたいです」
 始め何のことだかわからなかった男は、ようやく思い出したようだ。
「あ、あぁ……そうかい」
 再び、嵐は一礼して小走り気味に歩いて行く。その後ろをすい、と一羽の鴉が近からず遠からずの距離を保って飛んでいった。
「……変な奴だな……」
 男たちもぽつりぽつりと帰り始める。
 そのずっと先で、嵐は鴉と言い合っていた。
「……何で来るんだ……」
「餌場」
「……勝手にしろ……」
 カア、と一鳴きして上昇する。ふと見上げれば、青空が広がっていた。


五章 終り

- 22/323 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -