毎年、この時期になると、どこか気落ちした風に見えるのが常だった。葛をそうさせる理由が人間の男にあることは、蓮華も葛自身からその男への気持ちを聞いていた手前、何となしにそうなのだろうと察しはついていた。だが、今年は輪をかけて元気がない。
 食事も睡眠も、健康を維持するのに必要なものは全て揃っているし、葛はその全てを過不足なく得ている。なのに、顔に宿る生気が段々と薄れていくのは何故か。
 理由はここ数ヶ月、頻繁に行われる大老会の所為であることは明らかだった。
 ぼんやりと部屋から臨む庭の景色を眺めていた時、蓮華は、おや、と目を見開いた。葉を多くする八重桜の下の植え込みから、金色の毛並みが見え隠れしている。よくよく注視すると、今度は小さな尻尾がぴょこんと飛び出し、慌てたように身を震わせてから再び植え込みに引っ込んだ。その動作に吹き出し、蓮華は立ち上がって縁側に歩み寄る。
「狐々!」
 大きな声がこだました。途端に、植え込みから尻尾が生え、耳が生え、引っ込むことを忘れたように小さく震える。おそらく冷や汗の一つでもかいていることだろう。そう思うと、蓮華は更におかしくなり、くすくすと笑いながら手招きした。
「いいよ。怒りやしないよ。でも誰かに見つかるとまずいから、早くおいで」
 すると、植え込みから巫女装束の少女が飛び出し、一直線に蓮華の元へ駆け寄った。黒髪の頭から生える狐の耳は垂れ、尻尾も申し訳なさそうにしょげている。
「ひ、姫様にはこのことは……!」
 必死の形相で言い募る狐々に、蓮華は更におかしくなり、手をひらひらとさせて座るよう促した。
「今はいないよ。下仕えの半分もいない」
 狐々は一瞬だけほっとしたような顔を見せたが、いない、という言葉の行き当たる所に察しがついて、表情に影を落とした。
「……大老会か」
 そのまま、すとん、と縁側に腰掛ける。
「ついこの前も執り行ったばかりではないか。何がそんなに不満なんだ」
 むくれる狐々の横に、蓮華も座る。
「姫様も、そろそろお決めにならないといけない時期ということだろうけどね……」
「決めるのは姫様だ。大老会の老爺が子を産むわけでもないのに」
 そうだね、と言いながら蓮華は苦笑した。
 大老会とはその名の通り、全国に散らばる妖狐の中から最も古く、多くの知と才に秀でた者たちで構成される集団である。文字通り、古老に相応しい年齢の狐たちばかりで、老爺と言った狐々の表現は間違っていない。

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