「あと、もし知らない声に呼びかけられることがあっても、絶対に振り向かないようにして下さい。いいですね」
有無を言わさぬ物言いに頷くしか出来ず、じゃあ、と嵐が辞退を告げるまで二人は呆気にとられた表情を崩さなかった。
靴を履く嵐の姿を見て数野は思い出したように動き、嵐へ手早く道の説明をした。ここへ来た時にはすっかり陽が暮れていた為、明るい今では道順がわからなくなると思ったのだろう。丁寧な説明は実にわかりやすいものだった。
「それじゃあ、お世話になりました」
軽く一礼する嵐へ数野と朱里の二人が小さく手を振る。
玄関を出ると朝独特の寒さが身を包んだ。頬が瞬時にしてつっぱる感覚がする。マフラーを口許まで寄せて歩を進め、敷地を出たところで微かに振り返った。
──これぐらいは、やってもいいだろう。
梓たちの行いは誉められたものではない。だが、そんな彼らの心を遊ぶのは更に誉められたものではないはずだ。それは人間であれ、あちら側の者であれ、目にしてしまったら放っておくことも出来ない。
良い目、と矢柄に言われたことがしこりとなって残っていた。
「……嬉しかねえな」
ぽつりと呟いて、空いた手をポケットに突っ込む。
のんびりと歩を進める嵐の頭上には澄んだ空が広がり、そこへどこからともなく、男たちの笑い声が響き渡るのだった。
からからと行方を曲げた輪の果てに、その声は遠く響く。
曲がりの車 完
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