「ああ、まあ。……良ければ一本、吸わせてもらっても構いませんかね」
「どうぞ。一応、私たちも喫煙者ですから」
 じゃあ、と言って後ろポケットに突っ込んだ煙草とマッチを取り出し、箱から抜いた煙草をくわえ、マッチを擦る。
 嵐の一連の動作を珍しいものでも見るような目で眺めていた入野が、感嘆の声をもらした。
「今時マッチなんて珍しいねえ」
「ライターを忘れたもんで。マッチの光が好きって人もいますよね」
 嵐の言葉に入野や梓が手を上げて賛同した。
 何度か煙を吸い込んで頭が冴えてくるのを感じた嵐は、口から煙草を離して低い声で呟く。
「部室もこんな感じだったんですかね」
 一瞬、皆が息を飲むのがわかった。
 誰ともなく視線を交わしあう。それが共犯めいたものだとわかるのに時間はかからず、彼らの表情を盗み見ながら煙草を吸う嵐の横で、矢柄が静かに呟いた。
「……あの時は雨が降ってましたよね」
 三人は肩をびくりとさせた。ちらちらと不安げに視線を巡らせていた山戸が身を乗り出す。
「おい、ここで話すことじゃ」
「……でも、もう大丈夫だろ? 高校の時の話なんだし。……懺悔じゃないけどさ、話してすっきりさせた方が」
「お前はそうかもしれないが、おれは冗談じゃないぞ」
「落ち着けよ山戸」
 それまで内にくすぶり続けていた個々の不安が噴出する。
 嵐が彼らの輪に入り込んだことにより──否、それよりも前に彼らの中には不安があったのだろう。しかし、それぞれが不安を表層に出すことを拒んだ結果、出口を失ったそれは膨らみ続け、こうして第三者が針を刺しただけですぐに爆発する。
 どことなく彼らの輪に歪なものを感じたのはこれが原因らしい。笑いながら話す空気には楽しさよりも、相手の出方を窺うような駆け引きが見え隠れしていた。こうして笑みを収めてお互いの表情を盗み見る姿の方がよっぽど正しい光景に見えるというのも、何とも空しい話である。
──そこへ、妙なものが関わっていなければいいんだけども。
 彼らの歪な輪が、嵐の察する「妙なもの」の介入によって更に形を歪めていたとしたら、少々面倒である。現に、先刻見た光景は充分現実離れしたものだった。
 その「妙なもの」の流れに運悪くつかまってしまったとすれば、持ち合わせもない今は大人しく付き合うしかない。観念して嵐は自らここに赴いていたわけだが、実際、この部屋はどうもおかしい。
 いや、とそこまで考えて嵐は煙草を吸った。
──おかしいのはどちらだろう?
「……煙草、俺にも貰えるか」
 ふと、畳へ視線を落としていた梓が嵐に尋ねる。請われるまま煙草を差し出し、火を点けると、二つ目の紫煙が天井に昇っていった。
 暗い天井の隅へ向かって霧散する煙を目で追っていた梓はもう一息煙草を吸うと、煙と共に言葉を吐いた。
「……まあ、あれだよな、ふざけてたっつうか」
 煙草を持った手で頭をかきつつ言う。その声には、つられて誰かも話し出すのではないかという期待も混じっており、入野がそれに応えた。
「まあな。……集団でいるとやたら気が大きくなって、何でも出来る気になって。今じゃ考えられないようなひどい事だって平気で出来るんだもんな」
 これには各々、溜め息で以て応える。

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