「まあな。負けた」
 言いながら梓にカップ酒を掲げられ、嵐もそれに応じる。
「皆さんは同級生か何かで」
「腐れ縁ってやつですかねえ」
「おいおい、そりゃないだろ。……でもまあ、そんなもんかな。高校から大学、さすがに就職は一緒にはしなかったが」
 静かに笑う矢柄へ、山戸が言う。そこへ梓が言葉を足した。
「でまあ、いい年齢になったし、紅葉の季節だしってことで、男ばかりで一泊二日の旅行に来たってわけだ」
「仲が良いんですね」
「改めて人に言われると照れるもんだね」
「入野が照れるこたないだろ」
「山戸が言えることじゃないですよ」
「お前らいい年こいて何やってんだ」
 次々と放たれる言葉は絶えることがなく、ほのかな灯りに照らされた室内を満たしていく。笑いは体を温め、実際、四人の会話は面白かった。あちらこちらに飛ぶ話題は多様で、聞いているこちらが感心するばかりである。本当に仲が良い。
 嵐を前に警戒心もすっかり解き、酒の空き瓶も段々と増えていく中で、嵐だけは差し出された酒に一切口をつけていなかった。
 カップ酒の美味さも、ピーナッツよりも笑いが最高のつまみになるのも知っている。
──だが。
「あれ、酒は苦手?」
 渡された時のまま未開封の嵐の酒を見て、入野が聞く。灯りに照らされただけでなく、顔が全体的に朱に染まっている。
 いや、と嵐は手を振った。
「皆さんのペースに合わせていたら、酔いつぶれますって。どうぞ、気になさらずに」
 そう、と言って入野は何本目かのカップ酒を開ける。
 その後ろの暗がりで多くの空き瓶が横になっていた。しかし、この人数が先刻からかなりのペースで飲んでいるにも関わらず、横たわる空き瓶の数は異常に少ない。
 梓の話に耳を傾けながら、嵐は何度目かにその暗がりへ視線をちらりとやる。すると、そこでもまた何度目かの光景が静かに行動を始めた。
 空き瓶の一つがまるで時間を巻き戻すかのように、空だった瓶の中に透明の液体を満たし始めたのである。泉が湧き出るかの如く、ごく自然な動きで液体は段々と増え、数秒とも経たぬ内に未開封と同じ量でその勢いは止まった。そして開いたままの口には氷が張るように金属の栓が現れ、僅か十秒ほどで未開封のカップ酒がそこに生まれる。
「……」
 先刻から幾度となく繰り返されてきた光景で、そしてこの場にいる彼らは異変に気付くことなく酒を飲み続ける。
 現に、嵐が見ていたその瓶も山戸が手にし、栓を開けて飲み始めていた。
──さて、どうしたもんか。
 男たちの笑い声が空虚に響く。
 夜はまだ、その暗闇を色濃くしていくばかりだった。



二章 終り

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