「……あれ」
 今度は疑問を声に出して起き上がった。一瞬、くらりとする頭を押さえて嵐は小鬼を思い出す。
──あの時の疑問。
 小鬼を見た時、一瞬だけ感じた他との違い。それもすぐに消えてしまうほどのか細い違和にすぎないが、記憶の奥底にこびりついて離れないほどに強い印象を持っていた。
 そして、桜。
──与四郎は桜の木の前で死んでいた。
「……あれ……」
 あぐらをかいて腕を組み、気持ちにふんぎりがついたように自室を出て、階下にある電話へ向かう。そこで記憶にある電話番号を押すと、ここ最近になってよく耳にしている声が出た。
『はい、槇』
 石本に言われてようやく携帯電話を買ったらしいが、スムーズに電話に出るところを見ると、それなりに使い慣れてきているようだ。槇のような人種なら一度はまればとことん、突き詰めてしまうだろう。
「ああ、頓道です」
『何だ、お前かよ。緊張して損した』
「そりゃどうも。今いいですか?」
 ちょっと待て、と言うと槇の背景が少し静かになる。廊下にでも移動したのだろうか。
『いいぞ。で?』
「昨日、蘇芳与四郎の事件で、与四郎さんは桜の前で死んでたって言ってましたよね」
『言ったなあ』
「でも、こないだ会った蘇芳の遠縁、ほら、喫茶店の店主」
『ああ、あのおやじ』
「そう。あの人、蘇芳邸に桜が入ったのは与四郎さんの通夜の時って言ってましたよね。あそこ、桜が元々二本あったんですか?」
『そんなこと言ってたっけ』
「……言ってましたよ」
 槇に電話したのが間違いだったかと思っても、石本に電話するのも気が引ける。気安さで選んだのは失敗か、と落胆した時、槇が電話口から離れ、誰かを呼ぶのが聞こえた。
 ぼんやりと押し問答するのが聞こえ、事の成り行きを聞いていた嵐は、僅かながらに神が味方したと心の底から喜んだ。
『もしもし? 石本です』
 電話の向こうで散々言い合いしていた声が、電話に出ると一変する。槇とは違った対応が非常に頼もしく見えた。
「すみません、突然。……何か槇さん、失礼なことしたんじゃないですか」
『いえ大丈夫ですよ。トイレ行こうとしたらいきなり電話突きつけられたぐらいです』
「……後で抗議しておきます……」

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