「……死んだのは子供と老人だけですね」
 ベッドに散らばった紙を嵐は集め、そこに記された文字を確認の意味を込めて流し読みした。嘘であるならどんなにいいかと思っても、死亡や失踪の文字が目につく。
「佐々木一家の使用人は若い方なんですかね。それか年寄りか」
「そこまではわからん。使用人の失踪と死亡に関しては図書館で徹夜したもんだから」
 蘇芳邸で別れてから役所、図書館、警察と駆けずり回ったというわけだ。嵐の情報収集能力を遥かに越えた槇の機動力には心底、敬服した。
「与四郎さんの情報は俺が調べた中にはありませんでした。戦後のどさくさで消失したか、意図的に削除したのか」
「まあ、この流れなら後者でもオレぁ驚かねえな」
「高梨一家の後に越してきたのが、あの田野倉さんを雇ってる家族ですよね」
「吉宮一家だな。田野倉の話がどうも胡散臭くて、可能な限り調べてみたが、出国した形跡はない。家族構成は娘二人に妻だ」
「彼らももう、失踪とかしているとは思えませんか」
「ちったあな、オレも思った」
 槇は鼻の頭を掻きながら「でも」と続ける。
「こっちへ来る前に、吉宮章吾の会社に寄ってきたんだ」
 隣で石本が口許を押さえていた手を下ろし、渋面を作り出した。
「一昨日か、吉宮の奥さんが会社に来てな、ご丁寧に挨拶していったんだとよ。もう脱力どころの話じゃねえよ。誰に確認とっても、あれは吉宮の奥さんに間違いないってな。少なくとも、奥さんは無事らしいし、失踪届けなんかも出ていない」
 段々と、何かに絡め取られる感覚を覚えた。
──何かおかしい。
 足を踏み出した先々で何かに出し抜かれている。もしくは、初めから誰かが用意した舞台で踊らされているような、自分の意志が自由にならない感覚によく似ていた。
 そして、何かを見落としている気がする。
 次々と提示される情報が氾濫する頭の中で、嵐は必死になってそれらを整理した。
 情報を咀嚼し、消化吸収するのは後回しだ。見落としている何かを思い出さなければならない。
 ふ、と公園での出来事が思い出された。
「……屑籠」
 ぽつりと呟いたかと思いきや、急いで室内を見渡し、そして隅に隠れるようにして鎮座する屑籠を見つけた嵐は槇を押しのけてそれに飛びついた。
 驚きつつ、嵐の様子を見守っている二人の前で、嵐は頭の中に浮かんだ言葉に忠実に行動する。
──屑籠の裏を探してみるんだな。
 やけに人間臭い小鬼の顔が浮かんだ。
 屑籠とは言ったが、公園の、とは言っていない。もし、彼の言う屑籠がこの小さな屑籠であるなら──
「……あった」
 壁との間に出来た僅かな隙間、そこに明らかに捨て損じたとわかるゴミがいくつか溜まっていた。
 嵐もたまにやるが、遠い屑籠へ行くのが面倒で投げて入れようとするも、万事が万事上手くいくわけではない。捨て損じたゴミをすぐに屑籠へ入れればいいのだが、怠け心が手伝って先延ばしにしてしまう。
 宮古綾もその人種なのだろう。
 溜まったゴミの中、淡いピンク色が異彩を放って体を丸めている。つまみあげて広げたそこには、流麗な文字で「観桜会」の言葉が見て取れた。
 彼女も、招待を受けていたのだ。


四章 終り

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