間近で見ればいくぶん古ぼけた印象を受ける漆喰壁だったが、中へ通されてその印象も払拭される。
 屋敷の雰囲気と合った調度品の数々、鈍く光を反射する階段の手摺、重厚な扉、ふんわりと足を包む絨毯──本の中からそのまま出てきたかのような光景に目を奪われつつ通された応接間もまた、見事なものだった。
 絵や、変な美術品が無いからこその美しさと言うべきか、それとも屋敷そのものが持つ高貴さの表れか。腰掛けたソファの柔らかさにも驚いていた三人の前に冷たいウーロン茶が出された時は、心底ほっとしたものだった。絵に描いたような光景に日常が戻り、ようやく自分達が異邦人でないことを思い出させてくれる。
 現実に引き戻された嵐の左隣では、槇を挟んで向こうの一人がけのソファで、石本がぽうっとした顔のままウーロン茶に口をつけていた。そこに門前で見せてくれた潔さは見えない。雰囲気に飲まれたクチか、と隣の槇を見れば、嵐は嘆息せずにはいられなかった。
 緩めたネクタイはそのまま、脱いだ背広はとりあえず玄関のコートかけに預けていたものの、ウーロン茶を一気飲みした挙句に氷まで噛み砕く姿には驚きを通り越して敬服に値する。
「……俺、槇さんって本当に凄いと思います」
「そりゃ良かったな。気付けて」
 言いながらも氷を噛み砕く動きは止めない。その盛大な音に石本もようやく現実を取り戻し、槇に視線を転じて一瞬、嫌そうな顔をする。
「……ここの主人が出てきたら、それやるのやめて下さいよ。恥かきに来たわけじゃないんだから」
「オレにとっては恥じゃない。あるんだから食べるのは当然だろう」
「オッサンの理屈ですよ、それ」
「そりゃそうだ。一応、いい年だしな」
「いい年だってことを理解してるなら……」
 言いかけて石本は口を閉ざし、立ち上がった。それを見た槇も氷を急いで飲み込み、立ち上がる。
 二人にならった嵐の横を通り過ぎたその男はにこやかに笑い、座るよう促す。
 グレースーツに後ろへ撫で付けた髪、柔和そうな顔は整っており、ここの家主というよりも執事という職業の方が合いそうだった。現に、三人へ座ることを勧めながらも彼は立ったままである。だが、執事と言うには若すぎる印象を受けたし、何よりもここにはどこぞの金持ちが住んでいるのではなかったか。まさか、これだけの屋敷を手に入れておきながら共働きとは考えにくい。
 そこまで考えた嵐の思考を一蹴するかの如く、顔の印象そのままに穏やかな声で男は話し始めた。
「お待たせして申し訳ありません。わたしはこちらで屋敷の管理を任されております、田野倉と申します」

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