だが、三ヶ月も付き合えば槇の扱い方というのも自ずとわかる。笑えない冗談にも勝手な行動にも、自分が規律を示せば槇は無理に通すということはしない。そういうところは妙に常識にのっとっているのか、そもそもがお人好しなのか。
 そういえば、と石本は口に当てたハンカチを緩めて槇に関する噂を思い出した。
「そういえば、槇さんって霊感あるって本当ですか?」
「信じるな、馬鹿」
 聞いてみただけなのに何故罵倒されなければならないのか。反論しかけたが、緩めたハンカチの隙間から流れ込む臭気にむせ返りそうになり、ハンカチを当てて睨むだけとなった。
 そんな相方の態度を横目に見ながら槇は小さく嘆息する。
「どこから聞いたんだよ、それ」
「交通課の高林から。飲み会の時に」
「……あの野郎」
「高林も別の奴から聞いたって言ってましたよ」
「だからあの野郎つってんだよ」
 物騒な呟きだな、とぼやきつつ石本はおや、と思った。
「……何で槇さんが怒るんです」
「何が」
「だって、噂は嘘なんでしょう。高林が別の奴から聞いた、ってことで怒るのはおかしくないですか。まあ、故意に嘘を流したなら当然だろうけど、槇さん相手にそんな暇な事しないだろうし。だったら噂が本当で、それを他人に知られたくないからあの野郎なんて悪態……いでっ」
 最後まで言い終わらない内に槇の拳が飛び、ごつ、と鈍い音を立てた。その音に動き回る鑑識や他の刑事達も振り返ったが、槇のやる事と諦めて口も出さずに各々の仕事に戻る。
 薄情な態度を見せる先輩刑事達を一瞥していると、槇が小さな声で早口に言う。
「オレのはそんな大したもんじゃないから言いたかないんだよ。あって良いことなんざ、これっぽっちもないしな。……その頭の回転の速さを捜査にも役立てるこった」
 独白とも取れる言葉に一瞬、聞き入ったものの、最後には一言忘れない。思わずかちんと来たものの、捜査という単語に反応して石本はそこにあるものを見た。
 あまり歩きやすいとは言えない石畳の小道、片方には民家、片方には覆いかぶさるように桜が咲き誇って風景をぼかす。元々、春の空気はぼんやりしたものだと思うが、それにしてもここの空気はまた一段と要領を得なかった。
 強い風が桜の枝を揺らし、まだ咲いたばかりの花を首からもぎ取っていく。
 風に煽られてぼとぼとと落ちていく花の行く先は、酸化を始めて黒くなった夥しい量の血溜まりだった。
 そしてその血液の持ち主は首と胸をかき切られ、全身を血の中に浸して絶命している。
──またか。
 これで二件目となる。同じ空気、同じ手口、同じような被害者。二件目で同一犯と決め込むのは早合点が過ぎるが、石本はどこかで、これは同じ奴が行い、そしてまだ続くと予感していた。
「こいつは、あれかな。ちょっとあいつに声かけてみるか」
 一つ息を吐いた槇は面倒そうに呟いてバンダナを外した。
「あいつって?」
 石本の質問には答えずに、槇はさっさと踵を返して手を振り、ついてくるように言う。
 捜査は二人一組。しかし、渋っても槇は石本を振り返らないだろう。仕方ない、と溜め息をついて近くにいた同僚に声をかけ、自身もハンカチをしまって槇の後につく。
 その背中に追い縋るように、鉄臭い臭いがした。



一章 終り

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