他人が聞けば怒りそうな応酬だが、頓道家にしてみれば類を見ないほどの暑さであるのは確かだった。
 居間でこうして話をしながら、汗ばむことなどこれまで数えるほどしかなかったものを、今年は既に連続で体感している。嵐はべたつく手で本のページをめくるのをやめ、まったりと麦茶を飲む女性陣を見やった。
「……出かけるんじゃなかったっけ」
 しっかり外出用に着替えている二人は、苦笑した。
「午前中にこんなにのんびりすると、出かけたくなくなっちゃうのよねえ」
「外は暑いし」
 先ほどから、祖母はうちわを手放さない。
「でも、出ないわけにもいかないし」
 今日は町内会の婦人部で集まりがあるのだ。いくら暑いからといって、嵐が代役を務めるには難がありすぎる。とは言え、町内会の集まり程度なのだから、嵐が行ったら行ったで歓迎されないこともないだろうが。
 しかし、その歓迎の理由が夏特有のものに由来するだろうと思うのは、考えすぎというだけでは片づけられなかった。それで面倒な思いをしたことは多々ある。
 嫌な方向へ話が流れる前に、と嵐は自分の分の麦茶を取った。
「早めに行って涼んでいれば? うちとは違ってエアコンしっかり効いてるんだし」
 会場は近所のファミレスである。歩いていってもさほどの距離はなく、涼みながらお茶でも飲んでいればあっという間に汗もひくだろう。つまりは、その程度の集まりなのだから、ここでものぐさがっている方が不毛というものである。
「ま、それもそうね」
「行こうか」
 嵐の進言が効いたのか、二人は重い腰を上げて出かける準備をし、コップなどを片づけておくよう言うと、日傘を手に出かけた。
 祖父は碁会所に出かけており、父親は書斎の片づけと称して部屋にこもっているが、片づけているさ中に捕まってしまった本でもあるのだろう。時折、トイレに出てくる以外ではすっかり部屋に腰を落ち着けてしまっている。これでは今日中に片付くのかも怪しいぐらいだ、と、嵐は自身の片づけの様子を顧みながら思った。父親の気持ちはよくわかった。
 なので、今、家の中でうろついているのは嵐一人しかいない。暑いとしきりにこぼす人がいなくなっただけで、居間の温度が気持ち下がったような気がする。心頭滅却すれば、の言葉が身に染みた。
 暇つぶしに本を読んでいただけで、特に予定があるわけでもない。その本にしても何度も読み返したものだから、ページの綴じ目や背表紙のあたりがすっかり歪んできてしまっている。紙も微妙に変色し、繰り返して読むからか、すっかり紙が柔らかくなっていた。だが、この読み込んだ手触りや、薄れていくインクの匂いが嵐は好きだった。新品の本でなければ、というこだわりもなく、中古の良さが、と語るほどの薀蓄もないが、手に入れた本を大事に読み込んでいきたいという気持ちはある。

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