そんなことを考えてぼんやりとしていると、不意にドアが開いた。外開きのドアにぶつからぬよう一歩後退し、開けた女性に会釈する。
 母親と同じか年上くらいだろうか。肩まである髪にはゆるくウエーブがかかり、淡い緑のセーターとジーンズはその年をわからなくする。加えて、嵐を見た途端にぱっと顔を輝かせたさまは少女のようで、瞬間的に苦手な部類だと悟った。
「本当に大きくなったのねえ。男の子って凄いわあ。あ、わたしのこと覚えてる?」
 嵐を家に招き入れながら話す。素直にわからないと告げると、女はけらけらと笑った。
「ああ、そうよね。わたしだって年取ったし、嵐くんだって娘に引きずり回されてたものねえ。あ、どうぞ」
 失礼します、と言って靴を脱いだ。そうして居間に案内するまでも女は話し続け、居間のソファにつく頃にはここの旦那の月給までわかるようになっていた。
 話好きな人間はいるし、実際に家族の女性陣もどちらかといえば話好きな方である。しかしこの女性、宮森祥子はずば抜けての話好きのようだ。聞いてもいないことまで話してくれるので、こちらとしては聞かずとも事情がわかってありがたい。苦手な部類であることに変わりはないが、依頼人であるなら助かるだろう。
 ジャケットを脱いでソファに腰掛け、出された紅茶を前にそろそろ本題を切り出そうと試みる。しかしその試みはあっけなく打ち砕かれた。
「そうそう、うちの娘ね、今、大学院に行ってるのよ。親の心配もよそに自分で勝手に決めちゃうんだから、本当に誰に似たんだか」
 困ったように言うが、その顔は笑っている。本人に自覚はないのだろうが、あからさまな自慢に嵐としても曖昧に返事をするしかない。そのうちお見合い話でも出されたらかなわないな、と思い切って本題を切り出した。
「……それで、弟さんがどうなさったんですか」
 一瞬、自分の話を遮られてきょとんとする。しかし、すぐさまそれが本題であったことを思い出したようで、「ああ」と言って頬杖をついた右腕を左手で支える。
「いつからかしらねえ……あ、武文っていうんだけどね、うちの長男。自分の子なのにこう言うのも何だけど、元気で明るくて友達も一杯いるのに」
「……はあ」
 いつからかしら、と繰り返してぽつりと呟いた。
「……夏」
「夏?」
「ええ、そう、夏だわ。夏の始め。夏休みが始まるか始まらないかの頃から、学校に行かなくなっちゃって」
 夏休みは学校嫌いの子供にとって宝物のような日々だ。それを少々フライングして休み始めた、と考えるのは安直すぎるだろうか。
「それから今日までずっと。外にも出ないし、ご飯食べる時にしか自分の部屋から出ないのよ」
 やはり安直すぎたか、と嘆息を隠せない。いわゆる引きこもりというやつか。

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