「字汚くて読めないですよ、槇さん。読めたのは名前だけ」
 槇、と呼ばれた男は小さく笑い、葉書を取る。
「名前が読めれば充分だ。前なんか宛先不明で返ってきた」
 笑って済む事ではないだろう、と思いつつ鴉に目配せをして飛び立たせる。槇は飛び立つ鴉を目の端で追い、笑った。
「普通の鴉か?」
「やっぱり槇さんの方が向いてるんじゃないんですか、拝み屋」
「よせよ。幽霊の類は信じない事にしてんだ」
「俺も関わりたくないんですがね」
「お前、大学ん時からそうだな」
 槇は大学の先輩にあたる。サークルにも入らなかった嵐をどこで知ったのか、ある日の「肝試し行かないか」の一言から二人の付き合いは始まった。
 不真面目ではなかったが、決して真面目でもなかった槇が刑事になったと聞いた時には心底驚いたものである。
 体制に組み込まれる事が嫌いな人間に見えた。そう本人に言うと、槇は笑って「儲けが良さそうだから」と答えた。
 その性格は好きなのだが、厄介な事に槇にも幽霊の類が見える様で、信じない気にしないを言い張る槇が、嵐に葉書を出したという事はつまり――そういうことなのだろう。
 なまじ力があるだけに、明良が持ち込む話よりタチが悪いものが多い。
 普通の人間関係なら喜んで築きたい相手なのだが。
「オレの相手は人間様だからな。彼岸の奴はお前に任すよ」
 勝手に任されても、という言葉を呑み込み、嵐は窓を閉めた。
「場所移しますか。ここだと出す物もないんで」
「気にしなくて良いぞ」
「俺が喉渇いたんです。近くの喫茶で良いですよね」
 曖昧な返事を返す槇を促し、嵐はくわえていた煙草を水道の水で流して火を消し、空っぽの三角コーナーに投げ入れた。
「こないだ禁煙中とか言ってなかったか」
 一連の動作を見ていた槇が口を出す。
「禁煙中だったんですよ」


一章 終り

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