のんびりと足を外に踏み出し、まるでそこに見えぬ道でもあるかの如くひょこひょこと歩く。重力を無視した光景に嵐は頭をかき、窓辺に寄った。
「また、ねえ……」
 宙を歩く小鬼の姿は次第に薄くなり、やがて霧散した。
「……また来るのかよ」
 人をくった様な性格から、あの小鬼を使役する程の人間を想像すると泣けてくる。
――出来れば。
 会いたくないのが本音だが、「あちら側」の者達は約束事――いくら一方的であれ、律儀に守るものだ。嘆息し、胸ポケットから煙草を出して火をつける。
――禁煙中だった。
 慎の横顔が浮かぶ。
 至極うまそうに、紫煙をくゆらすその顔が。
「……ちょっと、あなた!」
 後ろから看護婦の咎める声が聞こえるが、それ以上に非常事態なのに気付き、ぽかんとしている明良を残し走り出した。
「……何、寛いでんの」
 嵐の横に並び、目で煙草を促して共に吸う。
 病室で煙草を吸うという大胆極まりない事をしつつも、明良はのんびりとした口調で呟いた。
「慎は?」
 二回程、煙を吐いて返す。
「あれ、やるって」
 振り返らずに見舞い品の山を指す。
「じゃなくて。どうしたか知らねえの」
 空を見ながらぼんやりと煙草を吸う。
 乾いた暑さの中、風が全てを巻き込んで吹き荒れる。強く、しなやかに葉を揺らし、頬を撫で、行く人に道を誘う。
 目に痛い程の空の青さも、今は柔らかい。
 臨めば青は高く、街との際はぼんやりと白く秋の訪れを知らせる。
「死んでねえよ」
 嵐はぽつりと呟いた。共に煙草を吸いながら、横目にその顔を見た。
「旅に出たっつったら、少しはかっこいいだろ」
 へえ、と明良はくすりと笑う。笑って返し、また空を仰いだ。
 もうじき夕暮れだ。
 この美しい空の下また歩き出したならば、もう止まらないだろう。
「……もう秋だなあ」
 季節は、変わろうとしていた。
 あの鬼もまた、変わろうとしているのだろう。


鬼の鐘声 終り

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