「風が吹いた日」



 煙草を灰皿に押しつけて席を立ち、レジで精算を済ませてネクタイを締めなおした。窓をはめた木製のドアを開く。からんからんと、けたたましいベルの音が嵐の背を押した。

 ちらりと自分が先刻まで座っていた席を見る。店員がもういいだろうとばかりに片付けに入っていた。沢山の煙草が詰め込まれた灰皿、口をつけていないコーヒー、あっという間にまとめて店員は厨房に向かう。

 整然としたテーブルは、そ知らぬ顔で新たな客を迎えようとしていた。

 少し苦いものを感じながらそれすらも遮断し、嵐は歩きだした。


++


 そこそこ大きい会社なのだと思う。入社して二ヵ月ほどだが、株の動きや一つの契約で動く金額、もっと身近なところで中途採用の社員の数やボーナスの金額、どれを見ても規模が大きい。さすがは建設会社といったところだろうか。そこそこ堅実な経営をしていれば、潰れることなく儲かる商売なのだと、妙な感心をする。給料と待遇の良さから選んだ職場だが、どうにも馴染めないでいる自分がいた。

 そこかしこから聞こえるパソコンのキーボードを叩く音、部下を怒鳴る上司の声、その上司の目を盗んで談話にふける話し声、どれも耳障りだった。

 なかでもコピー機の音がとみに耳につく。コピー機に近いという位置関係によるものもあるだろうが、そうでなくとも、あの機械音は自身の集中力を欠く要因となっていた。

 合わせて紙詰まりなどの故障も多く、言葉を吐かぬ機械に暴言を浴びせる社員の声もまた、嵐の不快感をあおった。

 いつからこんな神経質になったのだろう、と溜め息をつく。我関せずを通し、周囲の状況に流されることなく生活してきた自分のどこが狂ってこうなったのか、嵐には皆目見当がつかなかった。周囲のもの全てがわずらわしく、喧騒に満ちた職場は、ただ、妙な不安だけをかきたてる。

 ここで本当に良かったのか、と。

 入社と同時に支給されるノートパソコンを前に、嵐はその指を止めた。鮮明な画面には、自分が今まで打ち込んだ成果が映し出される。そこには何の感動もない。非情なまでにクリアな画面は持ち主に仕事を促し、それに嵐は何度目かの溜め息で応じるのみである。

 気持ちに蓋をしているようだった。このパソコンで社員は全て繋がれ、それを一つの協調性と認識して安心する。


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