嘘吐き姫は空を仰ぐ



「……いいですか。いざ城が沈み切ってしまえば貴方はただの人です。一応は名のある魔法士の家系ですが貴方にその才はない。ついでに生活能力もない。となれば、補填するべきは知識と知恵です」
「主人に遠慮ないよねダスクは……」
 書庫の一画で机につっぷし、ルセイアはうんざりとした表情で黒髪の青年から目を逸らす。
「勉強が嫌なら剣の鍛練でも構いませんよ」
 開いていた本を閉じ、ダスクは切れ味鋭く言い放った。
 言葉の応酬を聞く限りでは立場の上下がまるで逆転しているが、ダスクはルセイアの従者であった。そこへ教育係、文書係、警備隊長、近衛隊長、と文武を飛び越えた職種を兼任し、更にはルセイアの幼馴染という本人に言わせれば最大に痛ましい立場が華々しく添えられる。ルセイアが生まれて間もない頃、彼女の成長に合わせて守護する事の出来る人物を、と、かつて国王の近衛だった父親に連れてこられたのが十歳になったばかりのダスクであった。
 初めは同年の友達が出来ると喜んでいたルセイアだったが、次第にその喜びも憂鬱へと変わる。ダスクは妥協というものを知らず、そして妥協が好きなルセイアの事を概ね馬鹿にしていた。主なのだからもっと丁寧に扱えとルセイアが言えば慇懃無礼、もう少し態度を緩めろと言えば盛大に馬鹿にする。それをやめろと言えば、「馬鹿にされるような主だから」と返され、ルセイアも言葉を飲み込むしかない。知性も武力もダスクの方が遥かに上だった。
 ダスクは溜め息をつき、いつもの言葉を吐く。
「名のある魔法士の家にお仕えするのだと来てみればこの主……」
「だから別に主とか思わなくていいって言ったでしょ……どうせ私に大した力はないんだし、城主って言っても留守番みたいなもんだし」
「まあそれはそうですが」
「否定してよ……」
「でも国王陛下のご命令ですから」
「お父様が亡くなってどれだけ経つと思ってるの。いつまでも義理立てする必要はないんだって。そりゃあ、城が沈み切るまではここを守っていてほしいけど、別に私にかかりっきりになる必要ないのよ。もっと自由にしていいんだから。庭で昼寝したり、犬と遊んだり」
「その庭の手入れも犬の世話も俺がやっているんですがね」
 墓穴を掘ったルセイアはわざとらしく視線をそらす。このままダスクを退場させ、気ままな一日を再開させようと思ったのだが、浅慮が過ぎるというものだった。
 叱責の言葉を想像して身構えていると、ダスクは本を置いて溜め息をつく。
「……まあいいですよ。今日は。俺もゆっくりしたいですし」
 ルセイアはぱっと顔を輝かせた。
「いいの!?」
「今日は」
 腕組みをして見下ろすダスクへ、ルセイアは精一杯の愛嬌を振りまいて小首を傾げた。

- 197 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -