Piece26



 その話を聞きながら、ゴルはちびちびと酒をなめるように飲み始めた。喉が焼けるようだったが、腹に納まった時には凝り固まっていた気持ちが解れていく。
「可愛くないガキだったんじゃろうて」
「そういうあなたも随分、可愛げのない子供だったと思いますが」
「わしの子供時代を知りもせんで何を言う」
「今の性格を見ればわかりますよ」
 反射的に抗議しようとしたゴルは思い直して身を引き、ギレイオをちらりと見てから小さく息を吐く。
「まあ可愛げはなかったじゃろうな。お前さんが言葉を武器にしたんなら、わしの武器はとにかく技術を磨くことじゃった。嫌な客もはねのけられるぐらいにな、こっちの立場を上にしてやる。あとはまあ、もう一つの武器と言えば噂話かの。もっとも、こっちは下手をすればわしの手も切るようなやつじゃが」
「……今じゃ立場も上すぎて、一歩間違えりゃ雲の上じゃねえか」
「お前を置いて勝手に行きはせんよ」
 ギレイオの軽口に対し、ふと真剣味を帯びたゴルの声が響く。思わずギレイオがゴルを凝視すると、その頭に拳が飛んだ。
「いてっ」
「行く時はな、とりあえず夢枕に立って呪いでもかけてから行くに決まっとる。わしがどれだけ辛酸を舐めたか……」
「それはそれは」
 他人事のように言ってボトルから直接、酒をなめるワイズマンをゴルは指さす。
「まずは貴様の枕に立ってからの話じゃぞ!?」
「僕の夢枕に立つ気概があるなら、まだまだ現役でいられるでしょう。頑張るのは現世だけにして、あの世ではどうぞ楽隠居でも決め込んでください」
「それを言うならお前も道連れにしてやるわい」
「ご老体の荷物になっては申し訳ないので、若輩者は後からゆっくりと伺います。せっかくの順番をお先に越しては失礼というものですし」
「敬意のかけらもない声でしらじらと……!」
 酒が入っていることで、いつもの舌戦から角が取れたようだった。それでも、傍から聞けば互いに無礼極まりない言葉の応酬を繰り広げているのだが、ギレイオの目にはいつもより穏やかなじゃれあいに見える。
 その渦中に自分が置かれているということにふと気づき、ギレイオは小さく息を吐いた。これは彼らなりの気遣いなのかもしれない。
 テーブルの上で照明の光を受けて橙色の輝きを放つ酒を見つめ、ギレイオはコップを持つ。そして大人げない喧嘩を繰り広げる二人の横で、わずかになめてみた。
 途端に舌先に刺激が走り、ぴりっとした感覚と遅れて甘くほろ苦い味がやって来る。そしてさらに後からおそるおそるといった体で、軽い酩酊感が訪れ、なるほど、これが大人の味というやつかとギレイオは妙に感心した。
 仕事や情報収集のために酒場に入り、安い酒なら何度か口にしたことはある。どれも上質とは言い難く、ただ酔うためだけの代物ばかりで、心から美味しいと感じたことはなかった。酒場という場所に、自分のような子供が身を置くための道具にしか思っていなかった。
 健康のためだとか、そんな殊勝な気持ちで手を出さなかったわけではないのか、と今になって気づく。頑なに守ろうとしていた自分の何かが壊れてしまう気がしていたのだ。
 脳裏で幼いギレイオが手を振った。
 ギレイオは壁に背を預け、段々と酒の勢いに任せて口論を激しいものへと変えていくワイズマンとゴルの二人を眺めた。そして眺めながら、コップに残る酒をちびちびと飲む。酒は喉を焼き、焦点を曖昧にし、二人の口論さえ膜の向こうにあるかのような響きに変えてしまったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
 段々と重くなっていく瞼の裏で、ギレイオはもう一度、手を振る幼い自分を見た気がした。
 ギレイオはそんな自分に手を差出す。
 幼い彼はふっと真顔に戻って、そして笑って頷いた。



Piece26 終

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