Piece24



「あなたもそうね、ギレイオ。私たちは違うものだけど、同じ所に立っている。どうしたらいいのか、本当にわからない。そこにいる自分が、本当にそこにいていいのかもわからなくて、ずっと困ってる」
 ただ、とアインは言葉を続ける。
「私にはソランがいたし、ソランには私がいた。サムナはあなたが見つけてくれて、兄弟たちにも寄る辺があって、皆、私たちにそこにいてもいいって言ってくれた。なのに、あなた一人が残ってしまうのはおかしいって、ソランは思ったのよ。……だからソランは全て賭けたの。何が何でも手を掴んでやらないと、あの子は周りを見る術すら失っているだろうからって」
──周囲に対して盲目となった子へ、誰かがその目を開けさせてやらないといけないだろう。
 彼は閉じたことも知らない、周りは閉ざされたこともわからない、近くにいれば尚のこと。こういうことは、一番関係のない人間がやるに限る。
 きっと、彼は驚くだろうから。見知らぬ他人から声をかけられる驚きが、あの子の頬を引っ叩いてくれるよ。
 アインの中にはまだ、その時のソランの声が残っている。
 絶対遵守の命令として刻まれた言葉を繰り返すことで、アインはソランの喪失を埋め合わせていた。
「ソランの力はちょっと弱かったみたいだから、今度は私があなたの手を掴みに来たわ。女の子の誘いを断るほど、野暮なことはないと思うけど?」
 ギレイオの視界の端に、白く細い腕が伸びる。小さな掌は答えを待つように開かれていた。
 身じろぎもせず、ギレイオはその手を見つめる。夜空を背景に肌の白さが際立っていた。見つめたところで何の感慨も沸き起こらない。この手は常に自分を通り過ぎ、ギレイオ自身も避けてきたものだ。今更、全ての罪悪から逃れて救われようなど虫がよすぎる。
 罪悪は背負うべきものだ。忘れてはならない。それを誰かに転嫁してもいけない。一度は逃げ出した自分がようやく向き合おうとしているこの時を、邪魔しないでもらいたいとギレイオは思った。
 ふい、と視線を外すギレイオに、アインは語りかける。
「私こういう言い方好きじゃないんだけど、この手が本当に私だけの手だと思ってる?」
 答えはない。アインは少しばかり口調を強くした。
「とりあえず、あなたに関わった人全部のものと思ってちょうだい。誰のことかわからないなんて言わないでね。ここに来たあなたなら、もうわかるでしょ」
 これはね、と声を大きくした。
「あなたが本来掴むべきものよ。本当は、もっと昔に差し伸べられるべき手だった。だけど、必要な時に誰もあなたに気づけなくて、あなたは魔法を暴発させてしまった」
 ギレイオは微かに肩を震わせた。
「あなたが悪くないとは言わない。正しいのか間違っているのかは自分で決めて。でも、私たちに何度も後悔させないでほしいの」
 最後の方となると、諭すというより嘆願の色合いが濃くなっていく。
 ソランの願いが己の存在を許したのなら、その許しはギレイオにも与えられるべきだとずっと思っていた。
「私たちはもう後悔したくない。だから、今度こそあなたをそこから引き上げてみせる。あなたはあなたが本来持っている権利を、やっとここで使えるのよ」
 アインは手を突き出した。ギレイオの視界には充分入っているはずだ。衰弱は激しいものの、微かにこちらを振り向くぐらいの余力は残っていた。ただ、手を持ち上げるだけの力が残っているかは怪しく、体力がないのか言葉が届かなかったのか、アインはやきもきさせられた。
 眉をひそめ、肩越しに背後を振り返ってからギレイオに向き直る。そして、手を突き出した格好のまま、膝をついてにじり寄り、そっと覗きこんだ。
 アインはその瞬間、自身が解放されたことを知った。存在を許す願いではあったが、彼女を縛り続けるものであったことも確かである。人であるならその重責に、アインはいつまでも願いの果たされることのない時間の浪費に耐えかねていた。ソランはそこまで時間がかかるとは思っていなかったようで、その点で言えば、彼は人間に対する解釈がまだまだ甘かったと言える。
 アインは音を立てぬようにギレイオから離れて座り込み、背後に向かって手招きをした。すると、窪地の縁から恐る恐るといった体で人影が起き上がり、一つ二つだった影は徐々に増えていく。大きな影から小さな影までと種類は様々だが、その中でひときわ小柄な影に向かってアインは微笑んでみせた。小柄な人影は腰が抜けたようになり、その場にぺたんと座り込んでしまう。どうやら張り詰めていた緊張の糸が切れたようだ。
 アインは胸の奥に段々と暖かなものが広がるのを感じた。ほのかな温もりは機械的な温度の上昇とは異なり、熱はないが身の内を豊かに満たしてくれる。
 彼らはそっと、ギレイオがすすり泣く声を聞いた。



Piece24 終

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