Piece20



 ギレイオの生死は不明だった。虫の息のところをサムナが連れ出したことはわかるが、その後、自ら回線を開いてエインスたちと接触を図った時、サムナは既に一人だった。舞台に必要な役者は揃い、下がった役者について疑問を持つ理由もなく、また、物を尋ねようにもサムナはその時、声を発する機能を失っていた。破損しているわけではないが厳重に鍵がかけられているようで、開けるのに時間がかかるとディレゴが話していたことを思い出す。諾々と従うサムナの声が今すぐ必要だと言う者はいなかった。
 だから、エインスも問いはしなかった。いてもいなくても、現状には大差ない。ギレイオの死によってもたらされる影響の試行は半端なままだが、それはサムナから得る答えでもなかった。
 ただ、と思う。
 エインスが考える模倣の海は決まった魚を与える。天候に従って決まった竿を使い、決まった魚だけを釣り上げる。エインスが乗る船はそれしか出来ない。
 だが、ギレイオはそんなエインスの前で悠々と自由な釣りを楽しむ。エインスほど大きな船ではないが、天気など気にせず、粗末な小舟で波に揺られながら、たった一本の竿を使って様々な魚を釣り上げる。
 そして、釣った魚を掲げてエインスを見据える。
 もうあの目を見ることはないのかと思うと、何故かディレゴのことが思い出されるのだった。
 目も態度も気に食わないが、体の奥底に秘めたものだけは理解出来るとエインスは思うようになっていた。



 ディレゴの研究室を含めた屋敷は三階建てで、傍目には時代錯誤の造りである。美的意識が高すぎるだとか、資金の無駄遣いだとか言われていることをドゥレイは知っていたし、当人もそれには同意だった。今の時代に贅をこらして美しいものを作った所で、それを賞賛すべき土台がなければ意味がない。更にはディレゴの研究室とドゥレイらの居室以外に日常的に使っている部屋はほとんどなく、デイディウスが執務室よろしく使っている部屋があるだけで、それも頻繁に使用されているわけではない。残りは贅沢な家具を閉じ込めた空き部屋だけで、そこにディレゴの研究に携わる人間を入れようという話も出たことはあったが、いつの間にか立ち消えた。
 自分たちがいるからだろうとドゥレイは思っており、実際、ディレゴやデイディウス以外の人間はあまりドゥレイらと関わろうとはしなかった。身の回りのことはドゥレイたち自身でこなせるし、整備もディレゴがいればどうにかなる。研究者と対象者という接点でのみ、他の人間は彼らと接し、それ以外では触れることさえ少ない。
 だから、屋敷の回りは賑やかであっても、ドゥレイたちの回りはいつでも静かなものである。
「ドゥレイ」
 中庭でベンチに腰かけていると、ディレゴが声をかけて歩み寄る。
「何をしているんだ。サムナは?」
「ネウンが見てる。エインスは部屋にいるようだけど」
「部屋に?」
 思わずディレゴは聞き返し、エインスの部屋の窓を見上げた。一階は回廊が囲み、二階と三階は窓が囲む。どの部屋からも中庭を臨むことが出来るのだった。


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