Piece18



 手つかずで戻すのも悪い気がしたのでヤンケは黙々と食べた。実際、食べ物が胃に入ると思い出したように体が空腹を訴え始め、これだけでは足りないとばかりに虫が鳴るのを、ヤンケは力を込めて止める。どうやらワイズマンが戻っているらしいことは、食べながら聞こえていた声でわかっていた。こんな音を聞かれたら何を言われるか、ヤンケは短い付き合いながら、彼の性格を把握しつつあった。
 お茶を飲んで人心地ついたところで腹の虫も落ち着き、食器と端末を持って下りようとした時だった。ロマとワイズマンの会話が聞こえ、その仔細が耳に届き、ヤンケの足を縛るのに時間は必要としなかった。
 ヤンケは足から力が抜け、ぺたんとその場に座り込んでしまった。
 ギレイオが抱えていたものの大きさに、今さらながら押し潰されそうになる。
──一人の子供が抱えるには、あまりにも大きい。
 だから、ギレイオは知らずに自身の意識に鍵をかけた。魔法がこれ以上大きくならないように、誰も食わないように──そんなことにはならないはずだという、悲痛な叫びを以て。
 手元が震え、ヤンケはお盆を横に置き、端末を身を支えるよすがのようにして抱え込んだ。縮めた体の奥から聞こえるのは自らの鼓動であり、驚きか、不安か、恐怖か、何がしかの感情によって早鐘を打っているのがわかる。
 ヤンケは尚、体を小さくし、顔を端末に押し付ける。
──怖い。
 ギレイオが抱えているものがどれだけのものか、ヤンケにはわかっていなかった。それが目を覚ました時、どうなるのかヤンケには皆目見当がつかない上に、ワイズマンのように許容出来るほどの知識もない。ロマのように追従出来る覚悟もない。
 ただ、ヤンケはついてきただけのお荷物に過ぎない。
──だから、ギレイオさんはいつも話さなかった。
 肝心なことは何も話さないで、全て自分で決めて始末をつけてしまう。巻き込まないための方策だったのかもしれないが、ギレイオにはヤンケの中にあった「日常」という甘えが見えていたに違いなかった。
 それは決して自分が侵してはならないものだと、ギレイオは知っていてヤンケを遠くに置いた。
 知ってはならず、知られたら何かが壊れるのは必須だとギレイオは感じ取っていたに違いない。それが今、現実になった、とヤンケは痛感した。
 喉の奥から震えが込み上げてくる。ヤンケは自分の情けなさに涙が零れそうになった。だが、自分の不甲斐なさのために泣くことも悔しくてならず、歯を食いしばって嗚咽を堪える。ワイズマンの前で泣いた時とは違う涙は、頬を流れる間も冷たいことこの上ない。
 何も知ろうともせず、自分がどれだけ簡単に言葉を投げかけていたのかが思い出される。
 サムナはこの感情を知ったのだ、とヤンケは直感的に思った。
 しかし、サムナに涙は存在しない。葛藤も出来ない。サムナなら知ろうとして行動したかもしれないが、その結果知り得たことがこれならば、サムナに出来ることは本当に限られている。
──処理が出来ないのなら、思考を止めればいいだけのことだった。
「……ここ」
 低くかすれた声が静寂を切り裂き、ヤンケは肩をびくりとさせた。涙で滲んだ目で声のする方を見ると、再び同じような声が聞こえてくる。
「……どこだ……ここ……」
 うわ言のように繰り返す声は、どれだけかすれていてもヤンケにはすぐにわかった。
 弾かれたように立ち上がったものの足元がもつれて盛大に転び、それでも、すぐに立ち上がって駆け寄る。そうでもしなければ実はこれは夢であり、いつ目が覚めてしまうとも知れないという恐れがヤンケの中にあった。
 だが、ベッドの横に立って覗き込んだヤンケの前で、その顔はうつろな目を向けながら憎まれ口を叩いた。
「……ひでえ顔……地獄かここは……」
 笑顔を浮かべる余力もない顔で言われると、半ば本気の言葉にも思えてくる。だが、ヤンケの顔は涙でぐしゃぐしゃで、転んで顔を打った所為もあって全体的に赤い。ひどい顔であろうことは自覚していたが、それに構っていられる余裕はもはやなかった。
「私が地獄に行くわけないじゃないですかあ……」
 張っていた糸が切れたようにヤンケが泣き出したところで、二階の大きな物音に驚いたワイズマンとロマが駆けあがってくる。初めは泣いているヤンケに面食らったが、次いで、ベッドでこちらを見返す瞳に気付いた二人は、ひとまずの安堵の息をついた。
 ギレイオはそんな三者を眺め、ただ静かに呼吸を繰り返すだけだった。


Piece18 終

- 326 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -