Piece17



 いっそのこと止めてしまいたい習慣だが、数日前から滞在している客のことを思えば致し方ない、とロマは自身を納得させた。仮に客がいなかったとしても、止めた先のことを想像すれば、今を我慢する方が遥かに楽である。だが、ロマはどうにも、あの客のことが苦手で仕方なかった。ワイズマンよりはマシというだけの話にすぎない。
 いつもはもう少し、ほんの数分だけの差だが寝ていられるのに、今日は何故か早くに目が覚めてしまった。物音が聞こえたような気がするも、その後の変化が見られない。もう一度寝床に戻ろうにも微妙な時間だったので、しぶしぶ起きたロマの目は覚醒には程遠かったが、頭は不思議と冴えているように感じた。
 静かな家の中を忍び足で歩き、息の白さにうんざりしながら外へ出る。きっと外の方が暖かいに違いない。
 そうして扉を開けた先から朝靄が我先にと室内へ入り込み、湿気を帯びた空気はやはり、中よりもいくぶん暖かく感じられた。
 朝靄に混じった土の匂いは起き抜けのロマの頭を覚醒させるのに役立ち、実際、ロマはこの時間の空気の匂いが好きだった。
 ふと、その中に異質なものを感じ取り、ロマは顔をしかめる。
 鼻をひくつかせてみるが、やはりいつもとは匂いが違った。土の匂いや濡れた木々の匂いに混じって、金臭い匂いがする。もしや中で何かがショートしているのか、と開けっ放しの扉を振り返るが、そうすると匂いは遠ざかった。
 では外から、と匂いの出所を探した時、それはすぐに見つかった。
 ロマは息を飲み、大慌てで室内に駆け戻った。
「先生!!」
 朝靄が辺りの輪郭をぼかしても、その怪我の凄まじさは明らかだった。固まった血の赤黒さも、汚れた髪も、青白い顔も、ロマは今までそんな姿の彼を見たことがない。万が一あったとしても、そんな時は不敵に笑って軽口の一つでも叩きそうな気がする。
 ギレイオとは、そういう少年であった。
 だが、今のギレイオは物のように動かない。目つきの悪い目は閉ざされ、時に悪口雑言の飛び出る口からは薄く息が漏れるだけである。止血のつもりらしく、右手にはきつく布が縛り付けてあったが、それでも押えきれない血が大きく滲んで黒く広がっていた。
 にわかに慌ただしくなったグランドヒルの魔法学校の隅っこで、ロマはふと、あるべき存在がないことに気が付いた。
「……サムナは?」
 その問いに答えられる者はいない。
 辺りはただ静かに、その日を迎えるだけだった。


Piece17 終

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