Piece16



 ナーグの力強い言葉が後押しになったことは明らかだったが、ナーグ自身は、訳のわからない恐怖に捕らわれるよりはと思っての言葉だった。
 建物に入っても悲鳴は続き、その正体を確かめたいと思う気持ちとそうではない気持ちが拮抗しながら、皆の足を動かす。それは自然と早い動きになり、注意力は散漫になっていったが、出くわす覚悟だった残党は一人としていなかった。
 やがて、無数の悲鳴はぴたりとやんだ。
 誰も現状に対しての疑問を口にはしなかった。まるでそうすることで、得体の知れない化け物が目の前に現れるのではないか、と恐怖するかのようだった。
 一階を四分の一ほど行ったところで、ようやく人影を見つける。悲鳴が聞こえていた方だとまでは、その時まで誰も思いつかなかったのだが、人影が揃いも揃ってじっと上階を見つめており、しばらくすると何かが壁にぶつかるような大きな音と振動が伝わってくるものだから、ようやくにして異変の中心部がこの上にあるとわかった。
 目を凝らして見た相手は残党らしく、よくよく見れば足元には無残な姿となった仲間の遺体もある。ナーグの中に怒りが湧き起ったが、踏み出そうとするたびに、あの音がその意気をくじく。それは修羅場を潜り抜けてきたであろう残党らも同じらしく、上に行くのを躊躇っていた。
 彼らの注意が反れている機会などそうそうない。敵討ちをするなら今しかない、と、耳に届く音を遮断し、ナーグは仲間に指示をして静かに物陰から近寄った。その間も、聞くまいとしてもあの音が階下にまで響いてくる。
 暗闇に紛れ、注意力をすっかり失っていた敵を急襲するのは簡単だった。ナーグが一人の頭を殴りつけて昏倒させると、それに気付いたもう一人が抵抗する間もなく、ナーグの影に隠れて近寄った仲間が応戦する。そこに魔法が加われば事態はあっという間に終結を迎えた。サムナと共に戦い、その戦い方を見てきた今だからこそ出来る技だったとナーグは心中で感謝する。
 ナーグは死んだ仲間の顔を確認し、何人かをその遺体の運搬に回した。これだけ大事になれば、もはや襲撃者の身元などすぐにわかりそうなものだが、用心して時間を稼げるのならそれにこしたことはない。加えて、無法者の中に仲間の遺体を置いておくのが嫌だった。
 二人を連れて、ナーグは壁沿いに階段を進んだ。いつの間にか、あのぶつかるような音は止んでいた。
 踊り場に出たところで、階上から流れてくる空気の臭いが変わったことに気付く。仲間と顔を見合わせて渋面を作り出し、更に警戒を強めて二階を覗き込むと、そこは辺り一面真っ白だった。
 さらさらとした白い粉が床一面に広がり、波のように小山をあちこちで作り出している。素通しになった窓から風が吹き込むと、粒子の細やかな粉は舞い上がり、空中で微かに煌めきながら床へと落ちて行った。幻想的な光景ながら、それに伴う臭いが不快としか言えないもので、ナーグはこの臭いと同じものをどこかで嗅いだことがある、と記憶を探った。
 その中で、ギレイオは窓辺に寄りかかって立っていた。
 全身傷だらけで、あちこちから血が滲んでいる。特に頭から背中にかけての出血がひどく、顔を隠す布や服は赤黒く汚れていた。
 壮絶な乱闘があったらしいことは、ギレイオの姿を見れば明らかであるが、その相手がいない。加えて、あの大きな音や悲鳴の出処も、皆目見当のつかない状況だった。
「……お前、大丈夫なのか?」
 ギレイオの目は静かに粉の海を見つめる。ナーグの言葉も聞こえていないようだったが、左目だけが異様に輝いて見えるのが気になった。
 しばらくして、ギレイオは「ああ」とだけ答えた。
 その左手が何かを握り潰し、手の隙間から白い粉が流れ落ちるのを見つめながら、ナーグはやっと臭いの記憶を手繰り寄せる。
 それは、墓場の臭いと似ていた。


Piece16 終

- 288 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -