Piece7



 ギレイオはここを離れられることに安堵しているのだ。
 噛みつきそうな勢いでギレイオを睨むヤンケの頭を、ゴルが叩く。
「ギレイオなんぞに易々と突破されるような代物を作るお前が悪い」
「なんですか、その論理!? 慰めるとかはないんですか!」
「ない。お前にゃいい薬じゃろうが……」
 そう言いながら溜息をつくゴルの表情は、真に迫っていた。過去にどれだけの所業を成し、その尻拭いをさせられたのか、聞くまでもなく、表情が雄弁に語る。悪名と称されるだけのことは、ゴルが既に体験済みのようだった。
「行け」
 ぽつりと、その言葉が落とされる。途端にヤンケは言葉を飲み込み、発散するばかりだった怒気を段々と大人しくさせていった。それでも、ギレイオの所業は許せないようで、直視する度に睨みつけるような視線ではあったが。
 対するギレイオはあっさりとしたもので、軽く相槌を打つと運転席に乗り込む。
「お前はまたこれ被ってけ」
 後部座席に山と積まれた荷物の隅っこで、体を縮める外套をサムナに放って寄越す。ここでの生活は自分が追われる身であることを忘れさせていたようで、それを受け取ったことで、サムナはようやく、本当の意味で現実の重みを感じることが出来た。
 話や情報の精査で得るばかりだった現実に形が与えられ、すう、と胸の奥の何かが研ぎ澄まされていくのがわかる。
「色々とすまなかった」
 迷惑をかけたことだけは紛れもない事実なので、それだけを言うと、外套を被って助手席に収まる。ギレイオは既にエンジンをかけており、地下には久方ぶりに賑やかな音が鳴り響いた。
「じゃあな。変人コンビ」
 ゴーグルをつけ、ギレイオは笑ってみせる。
「これ以上ご近所引っ掻き回して、地下をややこしくするんじゃねえぞ。知り合いだと知れたら、もぐりの連中に相手にされなくなる」
「……言ってろ、小童」
 にやりと笑うゴルを振り返るでもなく、ギレイオは車を反転させ、地上へと続く坂道へ向かう。徐々に速度を上げ、名残惜しむ素振りすら見せず、車は一気に坂道を駆け上がっていった。
 段々と遠くなる走行音を聞きながら、ヤンケはなんとなしにゴルを見下ろす。
「師匠、笑ってます?」
 ゴルは「いいや」と答えて、手を後ろに組みながらのんびりと踵を返した。
 その背中を追いかけつつ、ヤンケはぽつりと呟く。
「……やっぱり笑ってますよね」
「しつこい」
「笑ってるじゃないですかー! どうしちゃったんです、ギレイオさんがいなくなってようやく安心したからですか!? それにしては笑い方がぎこちな……」
「黙らんかい!」
 ぱしん、という軽い音が響き渡る頃には、既に走り去る車の音は残響を残すのみだった。



Piece7 終

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