044.星屑と麦畑


 うそ、ついたの。

 本当は一緒に行きたかったの。でも、恥ずかしかった。髪の毛はぼさぼさだし、お肌だって真っ白い。今時の人形もこんな色してない。唇はがさがさで血色も良くない。暗闇でなんかそりゃもう、見られた顔じゃないと思うの。

 だから、だからね、お母さんが口紅をひいたらとか、ファンデーションで隠せばとか、櫛でとかせば大丈夫とか言ってくれるのが嬉しかった。弟もそれがいいって言ってくれたし、お父さんは何か乗り気だった。

 でも、それが恥ずかしかった。

 幼い娘をなだめすかして星を見に行こうとする両親、弟。きっと病院中の笑いものだわ。

 わたしは自分の顔が見れたものじゃないとわかっていたし、遠出に耐えられるだけの体力も無いってわかってた。なのにお祖母ちゃんの家に行って、星を見ようなんておかしい。

 そんなの、おかしい。

 わたしは両親の説得も弟の誘いも断り続けた。

 一度も、表情を緩めることはしなかった。少しでも笑顔を見せれば皆喜ぶ。喜んでわたしを連れて行く。そんなのずるい。

 ずっと病院にいたの。真っ白な病室、真っ白なカーテン、見慣れたベッド、点滴、読み飽きた漫画、白いページも無くなった画用紙、頭の潰れたクレヨン。わたしが知ってる世界はあまりにも狭すぎて、小さすぎて、なのに弟が自分よりも広くて大きい世界を知っているのが悔しかった。自分よりも後に生まれたのに。

 わたし、一人でいたのよ。いつの間にかお見舞いに来てくれる友達も少なくなってしまった。最初は綺麗だった千羽鶴も色あせてしまった。

 一人だったのに、いきなり星を見に行こうなんて。

 普通、ご機嫌取りと思うじゃない?お化粧しようなんて、まさにそれだと思ったわ。

 だから、ずるいし恥ずかしいし、悔しい。

 一人で病気と闘ってきたのに、まるで一緒に闘ったのよ、たまには休みましょうって言われたみたいで。

 残念そうに病室を出て行く家族を見送る自分が少し寂しくもあったけど、同時にとても誇らしかった。そうよ、わたしは一人で闘ったの。そして勝つの。

 だって大丈夫、明日明後日と家族は星を見に行って、また今度、お土産と話題を持ってやってくるんだから。

 そう、大丈夫だと、思ったのよ。

 事故に合うなんて、思わなかったのよ。お祖母ちゃん家に行く途中で事故に合うなんて想像出来なかったわ。

 だって想像出来る?まさか、さっきまで笑ってたお母さんや、困り顔のお父さんや、わたしの顔を覗き込んでいた弟が一瞬でいなくなっちゃうなんて。

 頭が真っ白になった。その次は狂ったように泣いた。目が腫れても頬が痛くなっても、お構い無しに泣き続けた。涙を流せば流すだけ、家族の顔が思い出されて余計に涙が出た。

 しばらくして、涙を流すだけの水分も気力も、体力も無くなったことに気付いた。

 胸の奥で獣が鳴いている。ごろごろという音は苦しさの前兆だと知っていたわ。看護師のアカシや、もう顔馴染みのハワード先生が真っ青になってわたしを見ているのを見て、どうしてかほっとしたの。

 ああ、星を見に行けるって。

 結構、手を尽くしてくれたと思うのよね。それまでにも苦しくなった事は何回もあるし、その度に先生やアカシはいっつもわたしを助けてくれた。

 でもね、それはわたしが生きる意味があるからで、わたしに生きる意味がなくなったらもうどうしようもないと思うのよ。

 その意味が家族だってことに今気付くなんて、本当、間抜けったらありゃしない。弟にもよく、からかわれたものだわ。姉ちゃんは抜けてるって。そうね、そうだわ、いいわよ認めるわ。だってどう否定したって間違えようもない事実だもんね。

 だから、どこにも行かないで。もうどこにも行かないで、わたしを一人にしないで。

 胸が塞がれているように苦しい。頭にぼんやり靄が下りる。ついでに視界も白んできたわ。

 そう、これから夢を見るのよ。今までよりもずっと良い夢。枕元にラベンダーを置くといい夢が見れるって言って、ポプリを持ってきてくれたアカシに後で御礼言わなくっちゃ。

 でも、ちょっと待っててね。

 今からお祖母ちゃんの家に行ってくるから。そこに皆いるのよ。

 星屑と麦畑に囲まれて、きっとわたしを待ってくれてる。遅いって、笑ってると思うのよ。早く行かないと星が見えなくなっちゃう。

 だから待ってて。

 わたし、行かなくっちゃ。



終り


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