027.土に還る


 竹の葉がこすれる音を聞くと、母を思い出す。あのさらさらという音が着物の衣擦れの音と似ているのだ。廊下を殆ど足音もたてず歩く母が出した、唯一の音。

 幼い頃、よくどこかの会社が主催していた「未来の町」とかを想像して絵を描くコンクールがあったっけ、と思い出す。どういった成り行きで自分もそれに応募したのかはさっぱり忘れたが、忘れただけあって確か結果は参加賞止まりだったように思う。

 子供心に傷ついていたのだろう。無意識に記憶を押しやって押しやって、忘れてしまった。

 ところが不思議なことに、描いた内容は鮮明に覚えている。定番の空飛ぶ車。透明なチューブのようなトンネルの中を走る高速の電車。空に浮く丸い家。

 原色系をとことん使った絵だったが、緑の絵の具が面白いくらいに残った。あの絵には植物がなかったのだ。

 あら、寂しいわね。花の一つくらい描きなさいよ。

 珍しく子供がやることに興味を持った母が口を挟んだんだっけ。

 母は忙しい人だった。父が議員という肩書きを頂いた人物だったので、その父にくっついて行動することが殆どであり、父もまた妻とはそういうものだと思っていたフシがあった。子供のわたしの相手をしたのは家政婦と本と、竹の音だった。

 そんな背景もあり、子供ながら反抗心だけはいっちょまえに育っていたわたしは、花など描いてやらなかった。ただ竹を、無機質な機械の箱に数本生えさせて、いくつか置いた。

 どういうわけか最優秀をとったのは、未来の町は風力、太陽光発電で生活を維持出来るという、大人の未来感をそのまま刷り込まれたとしか思えない絵だった。

 そして今現在、夢見た未来になったわけだが。

 最優秀の絵とわたしの絵、どちらかというとわたしの絵の方が現在に近い。今のところ、家は地上にへばりついたままで高速の電車も新幹線ぐらいだが、年内には空飛ぶ自動車も通常の価格の倍くらいで販売される。財布が痛い、と同僚が愚痴っていた。

 父に対する反抗心からか、公務員になった。中途半端な反抗心だな、と自嘲するが給料の高さには目をみはるものがある。少し無理をすれば空飛ぶ自動車の購入も夢ではない。妻もそう言っていた。

 通りかかった竹林は広大だった。その地面に視線を向けると土はなく、穴の開いた金属板から竹だけがひょいと伸びている。わたしの絵はやはり正しかった。

 正しかったのだ。どこから引っ張りだしてきたのか、あの絵を見てことごとくけなした妻にはわかるはずもない。

 何で未来の町に竹なの。馬鹿みたい、と。

 何であんなに愕然としたのかわからない。わたしの根底にあるもの全てを否定された。

 竹を──母を。

 妻を一通り殴り、動かなくなったところでそれに気付くのだからお笑いである。わたしは母の影を追い求め、知らず、竹の音に重ね、それを絵にすらした。

 そう、竹の葉がこすれる音は着物の衣擦れの音と似ている。

 葉はひらひらと散って大地に舞い降り、時間と共に腐敗し、土に還っていく。この竹林はそれを許さないだろうが、わたしの家にはまだ、肥沃な大地に根付く竹林がある。

 わたしの庭は土に還ることを許す。

 妻は、いったいどこまで土に還っているのだろうか。



終り


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