072.コンプレックス(2)


 このご時勢、こんな鍵程度で無法者から守られているのが不思議なほどだった。

「……知らなかった」

「良ければ新しい鍵を持ってきましょうか」

「不心得者が入ったところで、ここから盗んでいけるようなものはあるだろうか」

「ないですね」

「それなら、新調したところで仕方がないな」

 鍵の一件に決着がついた時、木々の向こうからガシャン、とガラスの割れる音がした。

「……ところで、マキちゃんは何をやってるんです?」

「それをお前に聞きたかったんだが」

 ちょっと見てきましょう、と言って運び屋はマキが向かった方へ歩いていく。茂みをかきわけ、木の枝を避けて行った所にぽつんと立つ小さな小屋を見つけた時、またもやガラスの割れる音がした。

「掃除にしては盛大だなあ……」

 小屋の側面に出たところで、ぐるりと正面に回る。扉が開いており、運び屋が中に入ると、ちょうどマキが鏡を振り被って床に投げつけるところだった。大きな音を立てて鏡は四方に飛び散る。

 そのうちの大きな欠片の一つが運び屋の足元に飛び、運び屋は欠片を拾った。

「元気な掃除だねえ」

 一心不乱に鏡を割っていたらしいマキは、のんびりとした声に驚いて、弾かれたように顔を向ける。

「え、あ、その……この、私……」

「壊してたのは鏡?」

 床一面に粉々になった鏡が散らばっている。マキの足元には、まだその被害にあっていない鏡が何枚かあった。

「……そう、です」

「鏡ならいいよ。神さまは鏡を見ない」

「──見ないんですか?」

 マキは息を整えつつ問う。

「うん、見ない。そもそも、ここには鏡なんて洒落たものは少ないしねえ。だから聞きたいんだけど、その鏡はどこから持ってきたの?」

「捕まえるんですか」

「僕だって違法業務をしてる身だから、そんなことはしないよ。ただまあ、この現状に対する釈明ぐらいは聞かないと、神さまもびっくりするだろうし」

「全くだな」

 唐突に神さまの声が割って入り、運び屋とマキは大きな声をあげる。

「……びっくりさせないで下さいよー」

 駆け足で脈打つ胸を押さえながら、運び屋は自分の隣にいつの間にか立っていた神さまを見下ろした。

「いや、小屋がどういうものか見ておこうかなと」

「それなら僕やマキちゃんが戻ってからでも良かったでしょう」

「そうしようかどうしようか考えながら歩いてきたら、着いてしまった。そうしたら随分と賑やかな音がするものだから、ちょっと覗いてみようと」

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