空への足音

11月22日 昼(1)


 物語の始まりは綺麗な風景か、淀み切った光景のどちらかだ。その方が読者に大きなインパクトを与えられる。これから一体何が始まるのだろう、という期待と不安を同じ分だけ提示し、ページをめくる指に力を与える。
 自分たちの物語はどうだろう、とマナヤは自らを振り返った。
 始まりはさしてインパクトのあるものではない。何日か前から予定されていた曇り空で、真っ青でも真っ暗でもない空だった。いつもの日々の地続きにある一日であり、そしてそのまま終わるはずだった。
 空からあれが落ちて来るまでは。
 落ちてくる。その言葉はマナヤたちの世界においては、あまり適当な表現ではない。何故なら彼らが暮らすのは月に作られた巨大なコロニーであり、空もスクリーンに映し出されたものだった。従って、落ちてくるといえば空を滑空する作業用の飛行機か、はたまたその部品か、というくらいで、それ以外のものが落ちてくるとなれば異常事態を疑わなければならない。
 マナヤたちの前に落ちてきたものはれっきとした「異常」の塊だった。
「マナヤあ」
 いつもの丘の上で考えごとをしていたマナヤは、のんびりとした呼び声に振り返る。見れば、ふっくらとした体をゆらしてトッカが走ってくる。彼からすれば全速力なのだが、傍から見るとスキップをしているようにしか見えない走り方だった。
「どした」
「スイとウズが、また」
 今日、この場においてあまり聞きたくない組み合わせの名前であった。またか、と呟きながらマナヤは立ち上がり、風力発電の風車の向こうに見える格納庫へ走り出す。後に続いたトッカはあっという間に引き離されたが、マナヤに事態を告げるという大役を果たしたからか、その足取りから緊張感は失せていた。
 格納庫の前では既に何事かがあった後のようだった。長身のスイがどこかへ歩き去るところで、蹲って泣いているウズをキーシャがなだめている。
 その場に立っていたラナとフロエは、マナヤが来たのを認めて肩をすくめてみせた。
「またなのか?」
 息を切らせて問うマナヤに、癖っ毛の赤毛に手をやりながら、ラナが「また」と繰り返す。溜め息をつくマナヤに、フロエが言った。
「こないだのあれで、今日のこれで、スイが一発」
 言いながら、右の拳で自分の頬を殴るような動作をする。マナヤはフロエに救急箱を取りに行くよう指示を出し、ウズをなだめるキーシャの隣に膝をついた。
「どうだ」
 キーシャは長い髪を揺らして「大丈夫だと思う」と返した。
「スイも本気じゃなかったと思うんだけど……」
「違う! あれは本当にぼくを殺そうとしていた!」

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